第9章 – 覚醒(14)

文字数 792文字

 覚醒(14)



「……お父さんに知られたから、自殺なんかしたんですよ……」

 その声に、男の笑みがフッと消える。

 しかしまた、次の瞬間、今度はさらに大仰な笑顔を作るのだった。

 そんな男の様子にまるで構うことなく、

 唯は真剣な顔つきで言葉を続けた。

「もし、お母さんに何かあったら、わたし……絶対許さないから、覚悟してお
 いてください」

「なんのことだい……唯ちゃん、なんか誤解してるでしょ?」

 ――誤解なんてしていない。

「どうして行かなかったんですか? どうして……」

 何かを言いかけていた男を制し、

 唯のそんな声は徐々に声高になっていった。

「どうして、お母さんなんかに行かせたりしたんです!? だからこんなこと
 に……」

「やっぱり誤解してるよ……あなたのお父さんもだけど、それはまったくの誤
 解なんだから、困っちゃうな、ホントに」

「誤解なんかしていないわ……」

 心の中だけで叫ばれていた台詞が、少しの笑みと共に、静かに響き渡った。

 まだ、そんなことを言ってるのか……と、

 諦めの悪い男の印象が、一気に唯の興奮を鎮めていくようだった。

 それから、唯はおもむろにスマートフォンを突き出し、

 言葉にしながらその画面を男へと見せていく。

「ほら、これ以外にも、まだまだあるんですよ」

 そこには、レストランで向かい合う、佐和子と外科医の姿があった。

 唯は何度も画面をスクロールさせ、

 次々と新しい画像を見せていく。

 すると男の顔つきが、どんどん険しいものへと変わっていくのだった。

 最後の画像は、ロビーからの光で逆光となり、

 誰だか分からないようなものであった。

 しかし2つのシルエットは、それまであった画像のふたりであると、

 はっきり指し示していたのである。

「結構、高いんですよね、泊まるとこのホテル……」

 さすがお金持ち――これはなんだか、彼が喜びそうに思えて、

 唯は言葉にするのをやめたのだった。
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