第5章 – 崩壊(9)

文字数 859文字

 崩壊(9)



 ――昨夜遅く……武が下着泥棒で捕まった……。

 武が昨夜、帰っていないことにも気づかず、佐和子は午後になって、

 それも警察からの電話でそのことを知る。

 きっと連絡は、もっと早く入っていたのだろう。

 しかし佐和子はその時、まだ実家から帰り着いていなかったのだ。

 だからといって、妻だけを責めるわけにもいかない。

 順一自身、まるで気がついていなかった。

 しかしこんなことになってまで、

 どうして義父のことが真っ先に出てくるのか? 

 順一にはまるで理解できなかった。そして、

 ――武……今すぐ行くぞ!

 不謹慎ではあったが、父親として久しぶりに感じるそんな高揚感と共に、

 彼は警察へと向かったのである。

「中学生の男の子なら、そんなことは誰にでも起き得ることだ……おまえは
 今まさに、そんな年頃なんだから」

 すぐにでもそう伝え、

「忘れてしまえ!」

 と、さらに言ってやりたかった。
 
 実際、そう告げて微笑む順一に向かって、

 担当の刑事がこう言って笑ったのだ。

「この親にしてこの息子ありだな……ま、あながち、間違っているとも言えん
 けど……」

 しかし、今度やったらこんなものでは済まないと、

 その刑事は付け加えていたのである。 

 初犯であることと、見つかったあと、まるで抵抗しなかったことで、

 今回は穏便に済ませてもらえそうだった。
 
 だから残された問題は、家で待ち構えている佐和子のことだ。

 そしてこちらの方は、どう考えても穏便には済みそうもない。

 きっと武も、そんなことを考えていたのだろう。

 帰りのタクシーの中で、彼はたった一言だけを口にしていた。

「お母さん……怒ってるよね……?」

 この小さな呟きに、順一は何も声にできなかった。

 そんなことないさ――そう言えればどんなに良かったか……

 しかしそう言ったところで、すぐに嘘だと知れるのだ。

 そして案の定、佐和子の怒りは順一の想像を遥かに超える。

 なんと佐和子は、家で待っていなかったのだ。

 いつものように置き手紙を残し、

 彼女は実家へと姿を消し去っていたのである。
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