第11章 – 2月某日(7)

文字数 803文字

 2月某日(7)



「きっとご主人を探しに出たのだろうと……そこまでは簡単に分かりましたの
 で、あとは、ご主人の向かいそうな場所を、洗い出そうとしていたのです
 が……」
 
 ところが施設に掛かってきた電話の着信から、

 そこが静岡県の......とある街だとすぐに知れる。

「お店からお掛けになられましたよね……ですから、お勤めになっているスナ
 ック、そしてあのアパートに辿り着くのは、あっという間でした」
 
 もし、武彦がまた騒ぎを起こせば、きっと施設を追い出されることになる。

 そうなれば彼女は間違いなく、暫く東京に戻らねばならなくなるのだ。

 そんな武彦の様子を聞くにしても、本来ならば、

 隠し持っていた自分のスマートフォンから掛けるべき、なのだ。

 しかし順一から再三再四、

「息子さんに、声ぐらい聞かせてあげたら……」

 などと言われて、佐和子は一度だけ、

 スナックから施設へ電話していた。

「さて、いかがいたしましょう?」

 アパートから一番近い喫茶店で、男はどうすべきかを尋ねていた。

 だから佐和子は自分の立場をすべて話し、

 協力してくれるよう頼み込むのであった。

「勤め先がスナックだというのは見当違いだった、そんな感じでお願いしま
 す……山貫さんへはちゃんと、昼までに電話を入れておきますから……」
 
 そうしてまんまと佐和子は、

 順一と同じアパートに引っ越すことができたのである。

 それから彼女は、いつも疲れているように映る順一に、

 この人は、どこか悪いんじゃないかしら?

 などと思うようになっていく。

 深夜苦しんでいる彼を見つけてから、

 それまでの遠慮がちだった態度を、一気に消し去っていくのであった。

 それはこれまで放っておいた夫への時間や、

 何もしてやれなかった和子への後悔を、

 まるで取り戻そうとしているかのようにも見えるのだった。

 そしてそんな毎日が、ささやかな幸せに感じられ始めた頃、

 事件は起こった。
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