第4章 – 現れた女(11)

文字数 718文字

 現れた女(11)



 その日飯島は、病院でもらった薬のお陰か、

 胃の痛みに悩まされることなく熟睡する。

 しかしちょっとばかり寝覚めが悪く、

 気分晴れやかとまではいかないのだ。

 それは、朝8時頃から続いた物音のせいだった。
 
 階段を上がったり下りたりする音で目が覚め、

 その後、目が冴えて眠れなくなっていた。

 仕方なく起き出し、歯を磨き始めたところで、

 ふと、物音が止んでいることに気がつく。

 その音が引っ越しによるものだとすれば、

 それはあまりに、短過ぎる時間に思えるのだった。

 さらに、ふと浮かんだ疑念に、まさか……と、

 飯島はひとり苦笑と共に首を振る。
 
 彼がそんな疑念への答えを得るのは、パン一切れの朝食を済ませ、

 Tシャツとジーパンに着替えてからのことだった。
 
 そんな時には既に、さっきの疑念など、とうに忘れ去っていたのである。

 だから鳴り響いたチャイムにも、勧誘に違いないと無視を決め込む。
 
 ところが実際はそうではなかった。

 浮かんでいた彼の疑念は、まさに現実のものとなってしまうのだ。

「飯島さん……お留守ですか?」

 それは間違いなく、飯島の知っている声だった。

「昨日不動産屋さんに見せてもらったの、ここが一番最初だったんです。で
 も、飯島さんが1階にいらっしゃるって聞いて、もう他は見るの止めて、こ
 こに決めちゃいました……」

 玄関先で緊張の面持ちを見せる薫は、

 なんと、飯島のちょうど真上に越してきたということだった。

 そんな事実に混乱したのか、飯島はなかなか薫への言葉が出てこない。

「どうぞって……言ってくださらないの?」

 そう言って見上げる薫の言葉でやっと、

 彼は今ある現実を受け止めることができた。
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