第5章 - 1 決意(2)
文字数 1,156文字
1 決意(2)
最後に見かけた辺りからすぐの場所に、古ぼけたビルが建っていた。
三十坪程度の敷地に三階建て。
きっと建てられてから半世紀近くは経ってるだろう。
あちこちコンクリートがはげ落ち、長年の汚れで元あった壁の色がわからない。
一階はシャッターが降りていて、その右っ側になんとも古びた扉があった。恐る恐る扉を開けると、薄暗い中正面に、これまた旧式って感じのエレベーター。その左奥にはコンクリート剥き出しの階段がある。
壁にプラスチック製の案内板が貼られてあり、二階、三階の欄にあった社名を見つけて彼は一瞬にして固まった。
「林田商事」「林田金融」
それは、この二つを目にして、養護施設にいた林田を思い出した……からじゃない。
達哉に残っている翔太の記憶。
ここのところ、かなり薄れてきてはいたが、それでも未だ鮮明だってやつもある。その中の一つが、施設長と林田を呼び出した時のものだった。
――生田絵里香の自殺した理由が分かりました。
そんな手紙で呼び出したところまではよかったが、施設長と林田の他に、チンピラ風情の輩が五、六人も付いてきた。
そしてなんとその中の一人が、まさにさっきの顔だったのだ。
――どうしてあの時、気付かなかったんだ……?
そんな衝撃に、彼はしばらくビル入り口に佇んだのだ。
高校時代の同級生、そいつの兄貴が林田商事に――金融の方かも知れないが――関係している。さらにその兄貴とは、施設長と林田が呼び付けていた……チンピラ連中のひとりなのだ。
――もう、決まりじゃんか……。
そうして数秒、もしかしたら十秒くらいは経っていたのかも知れない。
「おい、にいちゃんよ、何かようか?」
いきなり頭上から声が掛かって、達哉は慌てて上を見上げる。
すると二階の階段踊り場から顔だけ出して、男が達哉のことを見下ろしていた。それも真っ黒なサングラスを鼻先まで下ろし、そこから覗いている両目がなんとも言えず恐ろしい。
この時、咄嗟に声にしてしまった。
「あの、金城さん、金城さんが、ここに入っていったんで……」
「おお、金城の知り合いかあ? よっしゃ、ちょっと待ってろ」
男はそう言って、すぐに顔を引っ込める。
――金城、お前の知り合いが、下にいんぞ!
――知り合いっすか? え? 誰だろ?
――いいから早く行けって! ドン!
扉が開けっ放しなのだろう。
そんな会話が聞こえて、「ドン!」というのは明らかに、
――足で、扉を蹴った音だ!
なんて思ったところでお終いだった。
気付いた時には走り出し、さっさと歩道に逃げ出している。そこからあっという間にさっきの喫茶店に飛び込んで、ホットコーヒーと告げるや否や、
「すみません、トイレ、貸してください!」
と声にして、彼は教えて貰ったトイレの個室に駆け込んだ。
最後に見かけた辺りからすぐの場所に、古ぼけたビルが建っていた。
三十坪程度の敷地に三階建て。
きっと建てられてから半世紀近くは経ってるだろう。
あちこちコンクリートがはげ落ち、長年の汚れで元あった壁の色がわからない。
一階はシャッターが降りていて、その右っ側になんとも古びた扉があった。恐る恐る扉を開けると、薄暗い中正面に、これまた旧式って感じのエレベーター。その左奥にはコンクリート剥き出しの階段がある。
壁にプラスチック製の案内板が貼られてあり、二階、三階の欄にあった社名を見つけて彼は一瞬にして固まった。
「林田商事」「林田金融」
それは、この二つを目にして、養護施設にいた林田を思い出した……からじゃない。
達哉に残っている翔太の記憶。
ここのところ、かなり薄れてきてはいたが、それでも未だ鮮明だってやつもある。その中の一つが、施設長と林田を呼び出した時のものだった。
――生田絵里香の自殺した理由が分かりました。
そんな手紙で呼び出したところまではよかったが、施設長と林田の他に、チンピラ風情の輩が五、六人も付いてきた。
そしてなんとその中の一人が、まさにさっきの顔だったのだ。
――どうしてあの時、気付かなかったんだ……?
そんな衝撃に、彼はしばらくビル入り口に佇んだのだ。
高校時代の同級生、そいつの兄貴が林田商事に――金融の方かも知れないが――関係している。さらにその兄貴とは、施設長と林田が呼び付けていた……チンピラ連中のひとりなのだ。
――もう、決まりじゃんか……。
そうして数秒、もしかしたら十秒くらいは経っていたのかも知れない。
「おい、にいちゃんよ、何かようか?」
いきなり頭上から声が掛かって、達哉は慌てて上を見上げる。
すると二階の階段踊り場から顔だけ出して、男が達哉のことを見下ろしていた。それも真っ黒なサングラスを鼻先まで下ろし、そこから覗いている両目がなんとも言えず恐ろしい。
この時、咄嗟に声にしてしまった。
「あの、金城さん、金城さんが、ここに入っていったんで……」
「おお、金城の知り合いかあ? よっしゃ、ちょっと待ってろ」
男はそう言って、すぐに顔を引っ込める。
――金城、お前の知り合いが、下にいんぞ!
――知り合いっすか? え? 誰だろ?
――いいから早く行けって! ドン!
扉が開けっ放しなのだろう。
そんな会話が聞こえて、「ドン!」というのは明らかに、
――足で、扉を蹴った音だ!
なんて思ったところでお終いだった。
気付いた時には走り出し、さっさと歩道に逃げ出している。そこからあっという間にさっきの喫茶店に飛び込んで、ホットコーヒーと告げるや否や、
「すみません、トイレ、貸してください!」
と声にして、彼は教えて貰ったトイレの個室に駆け込んだ。