最終章 - 2  2020年

文字数 1,110文字

 2  2020年



「え? それでわたし、そのまま帰らないで泊まっちゃったんだっけ? で、まさか、彼の部屋に?」
「それも覚えてないの? まあ、四十年も前のことだから、忘れるのも無理ないけど、あのさ、最初は二階の客間に、布団を敷いたんだよ。そしたらだ。急にお袋と一緒がいいって言い出してさ、結局、このわたしが、布団を運ばせて頂きました!」
「ふ〜ん、なんでだろ?」
「その時、千尋言ってたよ、東京に来て、狭いアパートでしか寝たことなかったから、客間が妙に怖かったって……ほら、ちょっと古いタイプの和室でさ、二十畳もあったから、そのど真ん中で一人ってのは、まあ、慣れないとね、ちょっと怖かったのかもしれないよね」
「それで次の日、あなたと一緒に、大学まで行ったのね」
「そうさ、それであいつを見つけて、さっさとどっかに行っちゃってさ、こっちは一人残されて、もう大変だったよ!」
「でも、そのお陰で今があるんじゃないの?」
「まあね、それはそうなんだけど……」
達哉はそう言った後、肉の付いた頬をプクッと膨らませて見せた。
 翔太が藤木家へやってきた日、千尋は偶然、コンビニ前で広瀬由衣美と会っていた。
 出掛けた二人が戻ってこない。
 だから探しに出たのだが、肝心のコンビニにもいなかった。
 ――なんでいないのよ!
 そんなイラつきを感じながら、今来たばかりの道を戻ろうとした時だ。
「あの、すみまぜん……」
 そんな声が背後から聞こえ、千尋は慌てて振り向いたのだった。
 ――チョー可愛い新入生が入学した。
 千尋もそんな噂を耳にして、その顔くらいは知っていたから、慌てて彼女に告げたのだった。
「あら、あなた……確か、おんなじ大学よね? 家、この辺なの?」
 すると困った顔して、彼女はそうじゃないんだと言ってくる。
 一緒の大学に入学し、同じ日に、同じ場所で再会する。そう約束したのに、その日、達哉は日暮れになっても現れなかった。
 その後、何度か大学構内で見かけるが、声をかける勇気が出ない。
 そうしてある日、彼女は達哉の後をこっそり尾けた。住んでいる家を見つけ出し、何度となく家の周りをウロウロするが、だからと言ってなんにも起きない。
 ところがあの日、千尋とコンビニ前で偶然出会う。
 そうしていろいろ話を聞いて、千尋は由衣美に告げたのだった。
「ちょうどその頃はね、彼のお父さんが亡くなって、彼、かなりバタバタしてたから、きっと、あなたをフったとか、他に好きな人がどうこうってんじゃ、ぜんぜんないってのが本当だと思う。だから明日、そのね、約束の場所ってところに、わたし、彼を連れて行ってあげる。その後どうなるかは、あなたの頑張り次第、ということで……」
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