第8章 -  3  1980年 五月三日 土曜日

文字数 967文字

 3  1980年 五月三日 土曜日



 五月を迎えたばかりというのに、気温は二十四度近くにまでなっていた。
 昼頃には半袖でも十分ってくらいに暖かい……まさに、初夏という季節を感じさせるような土曜日だった。
 その日、達哉にしては珍しく、待ち合わせ場所に三十分近くも早く着いてしまった。
 朝からドキドキが止まらずで、家でジッとしているのがどうにも辛い。だからさっさと家を出て、ぶらぶらしていれば時間なんてすぐ過ぎるだろう……などと、思っていたのだが、なぜかあっという間に病院前に着いてしまった。
 まさみはとっくに病院にいて、朝っぱらから荷物を抱えて出て行ったから、今日も病院の簡易ベッドで眠ることになるのだろう。
 ここのところそんな日が増えていて、達郎も薬のせいか寝てばかりいる。
 きっと、それだけ強い薬ということだ……なんて感じを伝えると、千尋がいきなり言ってきたのだ。
「じゃあ、急がなきゃだめじゃない!」
 大山での爆弾発言から三日経ち、千尋から家に電話があった。
開口一番、
「ねえ、翔太さんのお母さんの話、結局さ、どうだったの? 次の日、行ってきたんでしょ? あの産婦人科に……」
 いきなりそう聞いてきて、息をひそめて達哉の返事を待っている。
 伝えなきゃ……そうは思ってはいたものの、予想以上の衝撃に、彼は誰にも言えないままだった。だからある意味〝これ幸い〟と、達哉は知り得た事実を千尋に告げた。
「……だからもうさ、いよいよあいつが犯人で決まりって、感じなんだよな……内池さんって人の話によるとさ……」
 そんな達哉の言葉にも、千尋はしばらく黙ったままで、なんの反応も返さなかった。
 きっとそれだけ、驚いたってことだよな……なんて感じを思いつつ、千尋が話し出すのを待っていたのだ。
 ところがいくら待っても返事どころか、彼女の息遣いさえ聞こえない。
 彼もいよいよ変だと思い、静かな声で尋ねたのだった。
「あのさ、今の、聞いてたよね?」
 するといきなり、彼女の返しも質問だ。
「お父さんの具合って、今、どんな感じなの?」
 そこから一気に話が進み、達哉の両親が揃っているところに集まろうとなる。
 そうして早過ぎる到着だったが、千尋と翔太も十分と経たずに現れるのだ。
 二人して緊張の面持ちで、達哉はここぞとばかりに声にした。
「さあ、当たって砕けろだ!」
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