第1章 - 2 平成三十年(2)
文字数 1,367文字
2 平成三十年(3)
するとやっぱり地面は土で、ブランコも派手な塗装以外は普通と変わりがないようだ。そんな公園の中央で、小さな男の子がたった一人でサッカーボールを蹴っている。きっと小学校に上がったばかりくらいだろう。それ以外は人っ子一人見当たらない。
もしも今日が平日ならば、子供が遊んでなくたって不思議はない。太陽もそう高くはないし、少なくとも昼を過ぎてるってことはない筈だ。
――今日は、何曜日なんだろう?
そう考えるままに、彼は男の子の方へ歩いていった。
そして満面の笑みを浮かべて、何曜日なのって聞いてみる――と、思っていたのだが、事はそう単純ではなかったらしい。
気付いた男の子がボールを追うのをやめて、ジッとこちらを向いている。
だから良かれと思って、彼は歩く速度を早めたのだった。
待たせちゃ悪い――単純にそんなことを考えて、小走りですぐそばまで近付いた。それから「ヨッ!」という感じで手を振り上げて、さっきの質問を思い浮かべた時だった。
男の子の視線が宙を彷徨い、顔がいきなりクシャクシャになった。
「えっ」と思った次の瞬間、「ママーママー」と声を限りに叫び始める。
彼は慌てて駆け寄って、今にも泣き出しそうな子供の前にしゃがみ込んだ。
「どうしたの? どっか痛い?」
そう声にして、男の子の頭に〝いい子いい子〟をしようとしたのだ。
するとその時、いきなり誰かが視界の中に飛び込んできた。差し出したその手が振り払われて、あっという間に誰かが男の子を抱き上げる。そのまま数メートルくらい彼から離れ、そこでやっとその人物は顔を達哉に向けたのだ。
その顔は明らかに恐怖に怯え、達哉を睨み付けながらひと言だけ声にする。 それから子供を力一杯抱き締めたまま、公園入り口へと一目散に駆け出した。
彼はポツンと残されたボールを見つめ、告げられた言葉を心に何度も思うのだ。
――うちの子に、触らないでください。
どこかで見ていた母親が、我が子が誘拐されるとでも思ったか?
――うちの子に、触らないでください。
それとも、浮浪者か何かと決めつけて、病原菌でも感染ると怖がったのか?
どっちであろうとだ。
――そりゃ、そうだよな……。
素足にサンダルで、妙にダボダボのくたびれ切ったジーンズに、まさに下着って感じの伸びきったランニングシャツ姿。そんなのだけだって「えっ」って感じだろうに、彼はガリガリの老人で、異様に身長だけが〝ばか高い〟のだ。
あれだけショックだった筈なのに……、
――くそっ!
男の子に近付いた時にはそんな姿のことなど忘れ去っていた。
きっと十七歳の達哉であれば、あの子もあそこまで怖がらないだろうし、母親だってあんな言い方しなかった筈だ。
――くそっ! くそっ! くそっ!
腹が立って仕方がなかった。
――こんなことなら、事故で死んだ方がマシだったじゃないか!?
そんなことばかり考えながら、彼はアパートへの道をわき目も振らずに歩き続けた。
そして部屋に入った途端、涙が溢れ出て止まらなくなった。
――どうしてなんだ!? どうして、こんなことに、なったんだ!?
希望が微塵も見出せず、息する意味さえ疑わしい。
「誰か、教えてくれ……頼む! 頼むから……」
誰に言うでもなくそう声にして、彼はせんべい布団に突っ伏し、泣いた。
するとやっぱり地面は土で、ブランコも派手な塗装以外は普通と変わりがないようだ。そんな公園の中央で、小さな男の子がたった一人でサッカーボールを蹴っている。きっと小学校に上がったばかりくらいだろう。それ以外は人っ子一人見当たらない。
もしも今日が平日ならば、子供が遊んでなくたって不思議はない。太陽もそう高くはないし、少なくとも昼を過ぎてるってことはない筈だ。
――今日は、何曜日なんだろう?
そう考えるままに、彼は男の子の方へ歩いていった。
そして満面の笑みを浮かべて、何曜日なのって聞いてみる――と、思っていたのだが、事はそう単純ではなかったらしい。
気付いた男の子がボールを追うのをやめて、ジッとこちらを向いている。
だから良かれと思って、彼は歩く速度を早めたのだった。
待たせちゃ悪い――単純にそんなことを考えて、小走りですぐそばまで近付いた。それから「ヨッ!」という感じで手を振り上げて、さっきの質問を思い浮かべた時だった。
男の子の視線が宙を彷徨い、顔がいきなりクシャクシャになった。
「えっ」と思った次の瞬間、「ママーママー」と声を限りに叫び始める。
彼は慌てて駆け寄って、今にも泣き出しそうな子供の前にしゃがみ込んだ。
「どうしたの? どっか痛い?」
そう声にして、男の子の頭に〝いい子いい子〟をしようとしたのだ。
するとその時、いきなり誰かが視界の中に飛び込んできた。差し出したその手が振り払われて、あっという間に誰かが男の子を抱き上げる。そのまま数メートルくらい彼から離れ、そこでやっとその人物は顔を達哉に向けたのだ。
その顔は明らかに恐怖に怯え、達哉を睨み付けながらひと言だけ声にする。 それから子供を力一杯抱き締めたまま、公園入り口へと一目散に駆け出した。
彼はポツンと残されたボールを見つめ、告げられた言葉を心に何度も思うのだ。
――うちの子に、触らないでください。
どこかで見ていた母親が、我が子が誘拐されるとでも思ったか?
――うちの子に、触らないでください。
それとも、浮浪者か何かと決めつけて、病原菌でも感染ると怖がったのか?
どっちであろうとだ。
――そりゃ、そうだよな……。
素足にサンダルで、妙にダボダボのくたびれ切ったジーンズに、まさに下着って感じの伸びきったランニングシャツ姿。そんなのだけだって「えっ」って感じだろうに、彼はガリガリの老人で、異様に身長だけが〝ばか高い〟のだ。
あれだけショックだった筈なのに……、
――くそっ!
男の子に近付いた時にはそんな姿のことなど忘れ去っていた。
きっと十七歳の達哉であれば、あの子もあそこまで怖がらないだろうし、母親だってあんな言い方しなかった筈だ。
――くそっ! くそっ! くそっ!
腹が立って仕方がなかった。
――こんなことなら、事故で死んだ方がマシだったじゃないか!?
そんなことばかり考えながら、彼はアパートへの道をわき目も振らずに歩き続けた。
そして部屋に入った途端、涙が溢れ出て止まらなくなった。
――どうしてなんだ!? どうして、こんなことに、なったんだ!?
希望が微塵も見出せず、息する意味さえ疑わしい。
「誰か、教えてくれ……頼む! 頼むから……」
誰に言うでもなくそう声にして、彼はせんべい布団に突っ伏し、泣いた。