第8章 - 4 スタートライン(5)
文字数 712文字
4 スタートライン(5)
ところがここで、翔太が一気に黙り込むのだ。そこそこ長い沈黙に、ニコニコ顔だった達哉もだんだん不安になって、
「どうしたの?」
だから静かに、そう聞いたのだ。
すると翔太も合わせるように、
「あのさ、ちょっと聞くけど……」
妙に小声で聞いてくる。
「えっと、藤木くんはさ、どうしてだったのかは別として、俺という人間と、しばらく入れ替わっていたんだよね?」
そんな問いに、達哉は黙ったままで頷いた。
「でだ、これまた不思議な話だけど、藤木くんになっていた俺ってのは、歳を取った俺だったから、今の俺には、その頃の記憶がないってこと、なんだよね?」
――そう、だけど?
そんな感じの顔をして、達哉は再び、黙ったままで頷き返した。
「でも、藤木くんにはあるんだよね? しっかりと記憶がさ、いろいろと……」
「うん、でも最近は、ずいぶん忘れかかってきたけどね」
「でも、あるじゃない? 結婚した、とかさ、それが誰だったとか……」
「うん、その辺はちゃんとある」
「結婚したんだろ?」
「うん」
「じゃあ、見たんだよな? 彼女の……さ、いろいろ……」
そこで一旦言葉を切って、翔太は視線を横へと向けた。
――え? いろいろ?
ほんの一瞬、そう思ったが、すぐに彼の言いたい意味が浮かび上がった。
だから大真面目な顔する翔太へ向けて、
「いや、違うって! あ、違わないけど、違うんだって!」
そんな必死の声を上げたのだった。
「ホント! 歳が違うし、もうさ、還暦とか、そういう時だったから、もうそんなのはさ、ぜんぜん! いや、ぜんぜんってことはないけど、もうないみたいなさ、みたいじゃなくて、ないって感じ、ホントだよ、ホントなんだって!」
ところがここで、翔太が一気に黙り込むのだ。そこそこ長い沈黙に、ニコニコ顔だった達哉もだんだん不安になって、
「どうしたの?」
だから静かに、そう聞いたのだ。
すると翔太も合わせるように、
「あのさ、ちょっと聞くけど……」
妙に小声で聞いてくる。
「えっと、藤木くんはさ、どうしてだったのかは別として、俺という人間と、しばらく入れ替わっていたんだよね?」
そんな問いに、達哉は黙ったままで頷いた。
「でだ、これまた不思議な話だけど、藤木くんになっていた俺ってのは、歳を取った俺だったから、今の俺には、その頃の記憶がないってこと、なんだよね?」
――そう、だけど?
そんな感じの顔をして、達哉は再び、黙ったままで頷き返した。
「でも、藤木くんにはあるんだよね? しっかりと記憶がさ、いろいろと……」
「うん、でも最近は、ずいぶん忘れかかってきたけどね」
「でも、あるじゃない? 結婚した、とかさ、それが誰だったとか……」
「うん、その辺はちゃんとある」
「結婚したんだろ?」
「うん」
「じゃあ、見たんだよな? 彼女の……さ、いろいろ……」
そこで一旦言葉を切って、翔太は視線を横へと向けた。
――え? いろいろ?
ほんの一瞬、そう思ったが、すぐに彼の言いたい意味が浮かび上がった。
だから大真面目な顔する翔太へ向けて、
「いや、違うって! あ、違わないけど、違うんだって!」
そんな必死の声を上げたのだった。
「ホント! 歳が違うし、もうさ、還暦とか、そういう時だったから、もうそんなのはさ、ぜんぜん! いや、ぜんぜんってことはないけど、もうないみたいなさ、みたいじゃなくて、ないって感じ、ホントだよ、ホントなんだって!」