第5章 - 2 行方(2)
文字数 1,571文字
2 行方(2)
だから翔太も、その名を目にして驚いたのだ。
――荒井……だよな……。
切り込んだ部分ところどころが黒ずんでいて、なんとか元あった文字を連想させた。
――ここは、あの荒井の家だったのか?
もちろんたまたま同姓が……って可能性はある。
しかし翔太ははっきり思い出したのだ。
施設にいた頃、彼の死を知らされて、施設長にいろいろ質問した時だ。
――どうして、長野の山なんかで?
――う〜ん、確か、生まれがその辺じゃなかったかな?
だから死に場所に選んだんだろうと、確かそんなふうに言ってきたのだ。
――だから……なのか?
――だから、お前は……?
なんとも言えない奇遇を感じ、彼は徐になだらかな斜面に目を向けた。
ここに、あいつらが住んでいた……そんな思いに囚われながら、翔太はそこから引き返し、再び一軒一軒、山口の実家だった家を探していった。
長野県松本市で生まれ、彼が生まれてすぐに母親が他界。父親も物心付く前に失踪してしまい、彼は親戚の住む山奥の村落に引き取られる。
きっとそこには三つ年上の荒井がいて、一緒に学校などにも通ったろう。
――だからあいつは、あの頃、山口まさとを可愛がっていたのか……。
そんな荒井は生まれ故郷の山で死体となって、一方山口まさとはどこに行ったか分からない。
――あいつは本当に、故郷で死のうとしたんだろうか?
――いやいや、そんなことするわけないじゃないか!?
確かに絵里香のことはショックだろう。
それでも命を絶とうとまでするか?
こんなことを考えているうちに、彼は荒井の遺体が見つかった現場へどんどん行きたくなっていく。
山口まさとの実家を確認する時に、そんなところも一応チェックしておいたのだ。
地図によれば、山の反対側っていうだけで、そうは遠くじゃない筈だった。
結局、山口の行方は分からないまま、彼は朽ち果てた集落を後にした。それから地図を頼りに荒井の死に場所を目指して歩き始める。
一度、かなり山を下って、山の反対側へと続くハイキングコース入り口を目指した。
そんなハイキングコースをずいぶん外れたところで、彼は一人で酒を飲み、酔った状態で川底へと転がり落ちて死んでいた。
――あんなところには、普通なら誰も近付きゃしないさ。
そう言いながら、この辺なんだと取調べ中の刑事がわざわざ話してくれたのだ。
きっと彼なりに、翔太の無念を察してくれたせいだろう。地図まで引っ張り出して、現場に出向いた警察官の話をいろいろ教えてくれた。
事故にしてもなんにしても、わざわざあんなところまで出向くってことは、それなりの覚悟がある筈だ。つまり死に行く場所を探していたと判断するのが自然で、殺すのであればもっと楽なところがいくらでもあると、刑事は笑顔でそう言っていた。
そんな話が本当なのか?
翔太は目にしてみたいと心の底から思ってしまった。
そうして橋からさらに三十分ほど下っていくと、ハイキングコースを示す標識が道から少し上がったところに現れる。
かなり朽ち果てかけていて、そうだと思って見ないとその名も読み取れないだろう。
――ここを、入って行ったのか?
そんなことを思うと同時に、どちかといえば〝きしゃ〟だった荒井が、目の前にある急な斜面を必死に上がろうとする姿が思い浮かんだ。
「よし、行くぞ!」
そんな意気込みを声にして、翔太が斜面に足を掛けようとした時だ。
視界の隅に、一台のクルマがしっかり映る。そしてその瞬間、彼は何を思ったか、慌てて斜面に向かって突進する。ここに入ったことを知られたくない……そんな感情が押し寄せて、土剥き出しの斜面に勢いよく飛び込んだ。
ところがあっという間に左足が滑って、膝が一気に斜面に激突。「あっ」と思った時には両膝がフワッと浮いて、顔が天を向いている。
だから翔太も、その名を目にして驚いたのだ。
――荒井……だよな……。
切り込んだ部分ところどころが黒ずんでいて、なんとか元あった文字を連想させた。
――ここは、あの荒井の家だったのか?
もちろんたまたま同姓が……って可能性はある。
しかし翔太ははっきり思い出したのだ。
施設にいた頃、彼の死を知らされて、施設長にいろいろ質問した時だ。
――どうして、長野の山なんかで?
――う〜ん、確か、生まれがその辺じゃなかったかな?
だから死に場所に選んだんだろうと、確かそんなふうに言ってきたのだ。
――だから……なのか?
――だから、お前は……?
なんとも言えない奇遇を感じ、彼は徐になだらかな斜面に目を向けた。
ここに、あいつらが住んでいた……そんな思いに囚われながら、翔太はそこから引き返し、再び一軒一軒、山口の実家だった家を探していった。
長野県松本市で生まれ、彼が生まれてすぐに母親が他界。父親も物心付く前に失踪してしまい、彼は親戚の住む山奥の村落に引き取られる。
きっとそこには三つ年上の荒井がいて、一緒に学校などにも通ったろう。
――だからあいつは、あの頃、山口まさとを可愛がっていたのか……。
そんな荒井は生まれ故郷の山で死体となって、一方山口まさとはどこに行ったか分からない。
――あいつは本当に、故郷で死のうとしたんだろうか?
――いやいや、そんなことするわけないじゃないか!?
確かに絵里香のことはショックだろう。
それでも命を絶とうとまでするか?
こんなことを考えているうちに、彼は荒井の遺体が見つかった現場へどんどん行きたくなっていく。
山口まさとの実家を確認する時に、そんなところも一応チェックしておいたのだ。
地図によれば、山の反対側っていうだけで、そうは遠くじゃない筈だった。
結局、山口の行方は分からないまま、彼は朽ち果てた集落を後にした。それから地図を頼りに荒井の死に場所を目指して歩き始める。
一度、かなり山を下って、山の反対側へと続くハイキングコース入り口を目指した。
そんなハイキングコースをずいぶん外れたところで、彼は一人で酒を飲み、酔った状態で川底へと転がり落ちて死んでいた。
――あんなところには、普通なら誰も近付きゃしないさ。
そう言いながら、この辺なんだと取調べ中の刑事がわざわざ話してくれたのだ。
きっと彼なりに、翔太の無念を察してくれたせいだろう。地図まで引っ張り出して、現場に出向いた警察官の話をいろいろ教えてくれた。
事故にしてもなんにしても、わざわざあんなところまで出向くってことは、それなりの覚悟がある筈だ。つまり死に行く場所を探していたと判断するのが自然で、殺すのであればもっと楽なところがいくらでもあると、刑事は笑顔でそう言っていた。
そんな話が本当なのか?
翔太は目にしてみたいと心の底から思ってしまった。
そうして橋からさらに三十分ほど下っていくと、ハイキングコースを示す標識が道から少し上がったところに現れる。
かなり朽ち果てかけていて、そうだと思って見ないとその名も読み取れないだろう。
――ここを、入って行ったのか?
そんなことを思うと同時に、どちかといえば〝きしゃ〟だった荒井が、目の前にある急な斜面を必死に上がろうとする姿が思い浮かんだ。
「よし、行くぞ!」
そんな意気込みを声にして、翔太が斜面に足を掛けようとした時だ。
視界の隅に、一台のクルマがしっかり映る。そしてその瞬間、彼は何を思ったか、慌てて斜面に向かって突進する。ここに入ったことを知られたくない……そんな感情が押し寄せて、土剥き出しの斜面に勢いよく飛び込んだ。
ところがあっという間に左足が滑って、膝が一気に斜面に激突。「あっ」と思った時には両膝がフワッと浮いて、顔が天を向いている。