第6章 - 4 箱根旅行(2)
文字数 1,353文字
4 箱根旅行(2)
ところが決まったはいいが、どうにも普通に接する自信がない。
そこで浮かんで来たのが、二人を誘ってみようという作戦だった。
そうして彼の思い付きは思った以上に効果があって、旅はなんともいい感じに進んでいった。心配していた達郎の体調も問題ないまま宿に着き、すぐに温泉に浸かりに行こうということになる。
達郎は少し休んでからにすると言い、達哉と翔太、まさみと千尋はそれぞれ一緒に風呂へと向かった。
そして達哉はそこで、いきなりその目を疑った。
翔太の背中を目にした途端、思わず声にしてしまうのだ。
「背中、どうしたの!?」
そう言ってしまってすぐ、後悔の気持ちが湧き上がる……と、同時にだった。
――あんなの、背中にあったのか……?
「ああ、そうか、まだ、けっこう目立ってる? 年々薄くなっていたから、もうそうでもないかなって、自分では思ってたんだけど……まあ、見えないからな」
小学生になって最初の夏だった。
生まれて初めてプールに入って、いきなりクラスメイトが大声を上げた。
あいつの背中……気持ちが悪い。
そんな感じを、低学年らしい言葉で散々っぱら投げかけられた。
あっという間にプール中の視線が集まって、翔太はただただ立ち尽くすのだ。
もちろんすぐに教師がやって来て、慌てて騒ぎを収めようとするのだが、彼も翔太の背中を目にして暫し言葉を失った。
そうして学校が終わる頃、翔太は担任教師から、「必ずお母さんに渡すんだぞ」と言われて小さな封筒を渡される。
結果、翔太の母はこの次の日に、仕事を休んで翔太と一緒に家を出た。
「大丈夫だからね、大人になっちゃえば、背中の傷なんて、どんどん見えなくなっちゃうんだから……」
その道すがら、母親は何度もそんな言葉を繰り返すのだ。
「結局さ、実際のところは俺にも分からないんだけど、まあね、お袋を置いて出ていったっていう男ね、それがさ、本当に山代だったのかは別としても、きっとまあ、そいつがこれをやったんだろうね……」
タバコの火を押し付けたなんてのは序の口で、カッターナイフのようなもので切り付けたのか、蜘蛛の巣が張っているような傷が背中に幾重にも重なっている。
さらに目を引いてしまうのが、右の肩口から下に向かって、十五センチくらいに渡っているピンク色した火傷の痕だ。元々は、もっと悲惨な感じだったということだから、きっと小学生なら大騒ぎもするだろう。
「だからさ、それからずっと、プールに入ってないんだ……」
それでも一人暮らしをするようになり、銭湯に通うようになってからは人の視線も気にならなくなった。
「きっとね、俺の背中を見てさ、みんないろいろと思うんだよ。ああ、こいつはきっと、ずいぶん辛い目にあったんだなあ……とかさ、で、黙っておいてあげようって、大抵の人が思ってくれる。まあ、たまにね、けっこう歳いったおじいちゃんなんかがさ、戦時中の拷問なのかって、聞いてきたりさ、おいおい、俺って幾つに見えてるのって感じだけど、でもまあ、へえ、そこまで酷い感じに見えるんだって、改めてさ、納得しちゃったりしたんだよ……でさ、だから実は俺、いまだにカナヅチなんだ。笑っちゃうだろ?」
翔太はそう言ってから、ぎこちない感じでクロールの格好をして見せた。
ところが決まったはいいが、どうにも普通に接する自信がない。
そこで浮かんで来たのが、二人を誘ってみようという作戦だった。
そうして彼の思い付きは思った以上に効果があって、旅はなんともいい感じに進んでいった。心配していた達郎の体調も問題ないまま宿に着き、すぐに温泉に浸かりに行こうということになる。
達郎は少し休んでからにすると言い、達哉と翔太、まさみと千尋はそれぞれ一緒に風呂へと向かった。
そして達哉はそこで、いきなりその目を疑った。
翔太の背中を目にした途端、思わず声にしてしまうのだ。
「背中、どうしたの!?」
そう言ってしまってすぐ、後悔の気持ちが湧き上がる……と、同時にだった。
――あんなの、背中にあったのか……?
「ああ、そうか、まだ、けっこう目立ってる? 年々薄くなっていたから、もうそうでもないかなって、自分では思ってたんだけど……まあ、見えないからな」
小学生になって最初の夏だった。
生まれて初めてプールに入って、いきなりクラスメイトが大声を上げた。
あいつの背中……気持ちが悪い。
そんな感じを、低学年らしい言葉で散々っぱら投げかけられた。
あっという間にプール中の視線が集まって、翔太はただただ立ち尽くすのだ。
もちろんすぐに教師がやって来て、慌てて騒ぎを収めようとするのだが、彼も翔太の背中を目にして暫し言葉を失った。
そうして学校が終わる頃、翔太は担任教師から、「必ずお母さんに渡すんだぞ」と言われて小さな封筒を渡される。
結果、翔太の母はこの次の日に、仕事を休んで翔太と一緒に家を出た。
「大丈夫だからね、大人になっちゃえば、背中の傷なんて、どんどん見えなくなっちゃうんだから……」
その道すがら、母親は何度もそんな言葉を繰り返すのだ。
「結局さ、実際のところは俺にも分からないんだけど、まあね、お袋を置いて出ていったっていう男ね、それがさ、本当に山代だったのかは別としても、きっとまあ、そいつがこれをやったんだろうね……」
タバコの火を押し付けたなんてのは序の口で、カッターナイフのようなもので切り付けたのか、蜘蛛の巣が張っているような傷が背中に幾重にも重なっている。
さらに目を引いてしまうのが、右の肩口から下に向かって、十五センチくらいに渡っているピンク色した火傷の痕だ。元々は、もっと悲惨な感じだったということだから、きっと小学生なら大騒ぎもするだろう。
「だからさ、それからずっと、プールに入ってないんだ……」
それでも一人暮らしをするようになり、銭湯に通うようになってからは人の視線も気にならなくなった。
「きっとね、俺の背中を見てさ、みんないろいろと思うんだよ。ああ、こいつはきっと、ずいぶん辛い目にあったんだなあ……とかさ、で、黙っておいてあげようって、大抵の人が思ってくれる。まあ、たまにね、けっこう歳いったおじいちゃんなんかがさ、戦時中の拷問なのかって、聞いてきたりさ、おいおい、俺って幾つに見えてるのって感じだけど、でもまあ、へえ、そこまで酷い感じに見えるんだって、改めてさ、納得しちゃったりしたんだよ……でさ、だから実は俺、いまだにカナヅチなんだ。笑っちゃうだろ?」
翔太はそう言ってから、ぎこちない感じでクロールの格好をして見せた。