第7章 -  4 真実(2)

文字数 1,940文字

 4 真実(2)



「ここだ……」
 大きな建物を見上げて、達哉は思わずそう声にする。
 昔、彼が生まれる前まで、父、達郎がここにいた。そして母まさみと知り合い結婚。それから一年も経たないうちに、このすぐそばにあった産婦人科で事件は起きた。
 もし本当に、事件に山代が関わっていたなら、
 ――あいつは、俺の兄貴の人生も、狂わせたってことになる。
 天野翔太じゃなく、達哉の両親を散々苦しめ、その子供の人生までを奪い去った。
 ――だから俺は、あんなことを経験したって……ことなのか?
 まるで〝縁もゆかりも〟ないはずだった翔太という存在が、憎っくき山代勇で繋がってしまった。
 その上山代は、昔っから達郎と知り合いで、
 ――オヤジが、あいつの仕事を紹介してやった?
 そんなことがキッカケとなり、事件は起きたということなのか?
 ただとにかく、何がどうだったにせよ、山代が話したことが真実ならば、あいつはこの病院で働いていたってことになる。
 ――もし、本当にここにいたなら、俺は絶対、このままじゃ済まさない……。
 再び山代のアパートに舞い戻り、なんとしてでも何から何まで告白させる。もちろん、脳の損傷や認知症のせいで、あらぬ事を口走ったってこともあるだろう。
 ――それにしたって、あいつは何かを知っている!
 だからすべてはここからだった。
 平日昼過ぎの病院は、想像していた以上に閑散としている。
 きっとこのくらい――昼食の休憩が終わったくらい――の時間なら、まだまだ午前中の患者が待合室にいるだろう……などと考えていたのに、
 ――ここって、人気ないのか?
 なんて思ってしまうような光景だ。
 ――さて、どうするか?
 まずは事務所っぽい場所を探し、そこで聞いてみるってのが定石だろう。 
 しかし二十年以上も前のことだ。勤務履歴なんて残ってないだろうし、あいつの言い草からすれば、きっと長くは続いちゃいない。
 となれば、例え知っていたところで、写真でも見せない限り厳しいだろう。そんなふうに考えて、先ずは病院内をウロついてみようと達哉は思った。
 そうしているうちにベテラン看護婦さんに声を掛けられ、まんまと真実が判明する。なんてことを想像していたが、声を掛けてきたのはあまりに若い人だった。
「ちょっとあなた! そこは一般の人が入っちゃダメなのよ!」
 そんな声に驚いて、達哉は慌てて振り返るのだ。
 すると、真っ白なナース服に身を包んだ若い女性が立っている。
「レントゲンなら、ここに受付表を出してちょうだいね」
 彼女の指差す先には小窓のような受付口があって、そこに出せというのだろう。
 しかし受付表など知らないし、もちろんレントゲンには用はない。
 どう見たって二十代に見えるから、万に一つも知らないだろうと思いつつ、それでも彼は聞いたのだった。
 申し訳なさそうな顔をしながら近付いて、教えてほしいと頭を下げた。
「山代勇という人が、昔、ここに勤めていたかどうか、知っている人がいませんでしょうか? 病院内の清掃をしていたらしいんですが……だいたい、二十三、四年くらい前のことらしいんですけど……」
 山代の名前を挙げて、祈るような気持ちで返事を待った。
「山代さん? う〜ん、そうねえ……ここはみんな新しいのよ。一番古い人でも、十年とかじゃないかしら? あ、院長はもっと古いでしょうけど、清掃の人なんて知らないと思うわ……」
 それでも一応、受付で聞いてみたら……と彼女は言った。
 ――やっぱり、ダメか……。
 覚悟していたとは言え、達哉はそこそこショックを受ける。
 病院の受付で聞いたところで、こんな話に対応してくれる筈がない……そんなふうに感じながらも頭を下げて、彼はトボトボ歩き出した。
 ところがだ。そんな姿に何かを感じてくれたのか? 
 それともショック度合いが顔にしっかり出ていたからか?
 彼が歩き始めてけっこうしてから、きっと別れを告げて、三十秒くらいは経っていたと思う。
 いきなり後ろの方からパタパタって足音が聞こえ、「ちょっと待って!」という声が響き渡った。
「え!?」と思った途端に肩を叩かれ、見ればさっきの看護婦さんが息を切らせて立っていた。
「あのね、ちょっと思い出したんだけど、防災センターのおじさんが、ずいぶん昔から働いてるって、わたし聞いたことがあったのよ」
 だから、その人だったら知っているかもしれないと言葉にしてから、
「でも、あんまり期待はしないでね」
 そう続け、彼女はさっさと元いた場所に戻っていった。
 それからあっという間に防災センターは見つかって、達哉はドキドキしながら受付口から告げたのだった。
「すみません。ここに、古くからお勤めの方がいらっしゃるって、看護婦さんに聞いたんですけど……」
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