第1章 - 3 天野翔太(7)
文字数 908文字
3 天野翔太(7)
「天野のやつ、助かったようだぞ」
「屋上から落ちて、助かったってか?」
「お前んとこ、校舎と校庭の間にさ、花壇と交互に生垣があるだろ? あそこに落ちたんで、運よく助かったってことらしい……」
施設では一番の下っ端職員で、まだ二十代という林田が、妙に馴れ馴れしい感じで荒井に話しかけていた。
「あの二人がさ、帰ってくるなり俺んとこに来てさ、まあビビちゃって、可哀想なくらいだったぜ……」
苦み走った顔で黙り込んでしまった荒井を見つめて、林田はなんとも嬉しそうに続けて言った。
「そう言えばお前ら、あいつが飛び降りた現場にいたんだって? なあ、おいおい、それって、大丈夫なやつか? まさか、僕は荒井くんに突き落とされました……なんて、言われちゃったりしないだろうな?」
戯けるような林田の声に、「そんなことあるわけない」と答えはしたが、実際のところ、何を言われたって不思議じゃなかった。
――散々殴られて、僕は混乱してしまい、気付いたらフェンスの上にいたんです。
なんて感じを告げたとしても、決して〝嘘〟ってことにはならないだろう。
ところがそれから数日経っても、何も変わったことは起こらなかった。
天野翔太は脚を複雑骨折していたが、意識はしっかりしているらしく、もちろん死ぬなんて状態ではまったくない。
しかし……そうであるなら、
――何か言ってきても、よさそうなもんだ。
そう思いながらも月日は過ぎて、屋上騒ぎから三ヶ月が経った頃、天野翔太は退院し、施設に姿を見せたのだった。
「お前さ、脚、〝びっこ〟ひいてねえ?」
何人かにはそんな言葉を言われたが、ほとんどの生徒は翔太の前では口にしない。
きっと裏ではいろんなことを囁かれていた筈だ。しかしそれでも、彼が口を開かなかったせいで、あっという間に屋上でのことは、忘れ去られていったのだった。
「呼び出した三人がいなかったので、仕方ないから暇つぶしに、フェンスによじ登って景色を見ていたんです」
それで……手を滑らせた。
きっとそれだけじゃないって思ったろうが、本人がそう言うんだから、〝そうだ〟ってことにしておくか……なんて印象ありありで決着が付いた。
「天野のやつ、助かったようだぞ」
「屋上から落ちて、助かったってか?」
「お前んとこ、校舎と校庭の間にさ、花壇と交互に生垣があるだろ? あそこに落ちたんで、運よく助かったってことらしい……」
施設では一番の下っ端職員で、まだ二十代という林田が、妙に馴れ馴れしい感じで荒井に話しかけていた。
「あの二人がさ、帰ってくるなり俺んとこに来てさ、まあビビちゃって、可哀想なくらいだったぜ……」
苦み走った顔で黙り込んでしまった荒井を見つめて、林田はなんとも嬉しそうに続けて言った。
「そう言えばお前ら、あいつが飛び降りた現場にいたんだって? なあ、おいおい、それって、大丈夫なやつか? まさか、僕は荒井くんに突き落とされました……なんて、言われちゃったりしないだろうな?」
戯けるような林田の声に、「そんなことあるわけない」と答えはしたが、実際のところ、何を言われたって不思議じゃなかった。
――散々殴られて、僕は混乱してしまい、気付いたらフェンスの上にいたんです。
なんて感じを告げたとしても、決して〝嘘〟ってことにはならないだろう。
ところがそれから数日経っても、何も変わったことは起こらなかった。
天野翔太は脚を複雑骨折していたが、意識はしっかりしているらしく、もちろん死ぬなんて状態ではまったくない。
しかし……そうであるなら、
――何か言ってきても、よさそうなもんだ。
そう思いながらも月日は過ぎて、屋上騒ぎから三ヶ月が経った頃、天野翔太は退院し、施設に姿を見せたのだった。
「お前さ、脚、〝びっこ〟ひいてねえ?」
何人かにはそんな言葉を言われたが、ほとんどの生徒は翔太の前では口にしない。
きっと裏ではいろんなことを囁かれていた筈だ。しかしそれでも、彼が口を開かなかったせいで、あっという間に屋上でのことは、忘れ去られていったのだった。
「呼び出した三人がいなかったので、仕方ないから暇つぶしに、フェンスによじ登って景色を見ていたんです」
それで……手を滑らせた。
きっとそれだけじゃないって思ったろうが、本人がそう言うんだから、〝そうだ〟ってことにしておくか……なんて印象ありありで決着が付いた。