第3章 - 2 千尋と翔太(3)
文字数 1,429文字
2 千尋と翔太(3)
そしてバーでのことがあってから、たった三日目のことだった。
アパートに向かう途中で、妙に背の高い人が歩いているのが目に入る。大きな買い物袋を右手に持って、夕刻の商店街を誰かを負ぶっているのが見えたのだ。
まさか? と思って近付いてみると、やっぱり天野翔太本人だ。
――いったい誰を? どうして、おんぶなんかしているの?
背負われているのは高齢の女性のようで、彼のおっきな背中で妙にちっちゃな感じに見える。
千尋もずっと後ろを付いていき、やがて二人は古い平家に入って消えた。
すぐに出てくると思ったが、五分経っても十分待っても天野翔太は出てこないのだ。
帰ろうか? それとももう少し、待ってみようかな?
生垣の傍でウロウロしながら考えていると、突然、天野翔太の方から声が掛かった。
「今度は、迷子ですか?」
知らないうちに門のところにいて、なんとも嬉しそうな顔して立っている。
「え? あ、違うんです……お婆さん、どうしたのかなって」
何かがあったからに違いないから、とにかく当てずっぽうでそう言った。
「ああ、ちょっとね、疲れちゃったんだって、もう七十五歳だっていうから、そりゃあ、あ大荷物じゃ、疲れるわな……」
お婆さんが道にしゃがみ込んでいて、その横には大きな買い物袋が置いてある。
彼がどうしたのかと尋ねると、
「休憩してるんだって言うからさ、それなら、送って行くよって言ったんだ」
これまでも、似たようなことが何度かあって、今では友達なんだと彼は言った。
「一人暮らしのお婆ちゃんでね、花輪ひろこさんって言うんだけど、まあ明るくてさ、話が凄く面白いんだよ。だからさ、今もバイトがあるからって、泣く泣くバイバイしたってわけなんだ」
それからも、アパートまでの道すがら、彼は花輪ひろこさんから聞いた話をいろいろ教えてくれたのだ。
きっと、彼が面白がってるわけじゃない。嬉しいのはお婆さんの方で、ひろこさんが泣く泣く彼を開放してあげたってのが本当だろう……なんて想像が浮かんじゃうくらい、彼への印象は〝凄ブルいい感じ〟になっていた。
そして、そんなのが決定的になったのが、アパートに越してきて二ヶ月くらいが経った頃、五月になって最初の日曜日のことだった。
朝は思いっきり晴れていたのに、夜になっていきなり雨が降り出した。
バイト先の居酒屋は一気に客足が激減。
バイト終わりの八時頃には、ほとんど閉店ガラガラだ。
千尋は覚悟を決めて、店の暖簾をめくって夜空を見上げた。
――窓、ちゃんと閉めてきたかしら?
なんて心配をよそに、まさに豪雨って雨が槍のように降り注いでいる。
もちろん傘なんて持ってない。
だから千尋は即行決めた。
前方の信号が青になるのをジッと待ち、青になったら一気にダッシュ。大通りを全速力で渡り切り、後は左に十数メートル走って地下への階段に飛び込んだ。
きっと彼なら、傘だってビックサイズだ。そんなのがちゃんと置き傘であって、閉店まで粘っていれば、彼なら絶対送ってくれる!
なんて目論見はバッチリ当たって、それも閉店よりもぜんぜん前に……だ。
「もういいって、客も来ないしよ、今日はもう、閉店にしようぜ……」
なんて突然マスターが言い出し、生ビール二杯で目的達成できたのだった。
そうしてアパートの階段下まで送ってもらい、二階にある自分の部屋に入った途端、あまりのショックに暫しその場で固まった。
――嘘……何よ、これって……。
そしてバーでのことがあってから、たった三日目のことだった。
アパートに向かう途中で、妙に背の高い人が歩いているのが目に入る。大きな買い物袋を右手に持って、夕刻の商店街を誰かを負ぶっているのが見えたのだ。
まさか? と思って近付いてみると、やっぱり天野翔太本人だ。
――いったい誰を? どうして、おんぶなんかしているの?
背負われているのは高齢の女性のようで、彼のおっきな背中で妙にちっちゃな感じに見える。
千尋もずっと後ろを付いていき、やがて二人は古い平家に入って消えた。
すぐに出てくると思ったが、五分経っても十分待っても天野翔太は出てこないのだ。
帰ろうか? それとももう少し、待ってみようかな?
生垣の傍でウロウロしながら考えていると、突然、天野翔太の方から声が掛かった。
「今度は、迷子ですか?」
知らないうちに門のところにいて、なんとも嬉しそうな顔して立っている。
「え? あ、違うんです……お婆さん、どうしたのかなって」
何かがあったからに違いないから、とにかく当てずっぽうでそう言った。
「ああ、ちょっとね、疲れちゃったんだって、もう七十五歳だっていうから、そりゃあ、あ大荷物じゃ、疲れるわな……」
お婆さんが道にしゃがみ込んでいて、その横には大きな買い物袋が置いてある。
彼がどうしたのかと尋ねると、
「休憩してるんだって言うからさ、それなら、送って行くよって言ったんだ」
これまでも、似たようなことが何度かあって、今では友達なんだと彼は言った。
「一人暮らしのお婆ちゃんでね、花輪ひろこさんって言うんだけど、まあ明るくてさ、話が凄く面白いんだよ。だからさ、今もバイトがあるからって、泣く泣くバイバイしたってわけなんだ」
それからも、アパートまでの道すがら、彼は花輪ひろこさんから聞いた話をいろいろ教えてくれたのだ。
きっと、彼が面白がってるわけじゃない。嬉しいのはお婆さんの方で、ひろこさんが泣く泣く彼を開放してあげたってのが本当だろう……なんて想像が浮かんじゃうくらい、彼への印象は〝凄ブルいい感じ〟になっていた。
そして、そんなのが決定的になったのが、アパートに越してきて二ヶ月くらいが経った頃、五月になって最初の日曜日のことだった。
朝は思いっきり晴れていたのに、夜になっていきなり雨が降り出した。
バイト先の居酒屋は一気に客足が激減。
バイト終わりの八時頃には、ほとんど閉店ガラガラだ。
千尋は覚悟を決めて、店の暖簾をめくって夜空を見上げた。
――窓、ちゃんと閉めてきたかしら?
なんて心配をよそに、まさに豪雨って雨が槍のように降り注いでいる。
もちろん傘なんて持ってない。
だから千尋は即行決めた。
前方の信号が青になるのをジッと待ち、青になったら一気にダッシュ。大通りを全速力で渡り切り、後は左に十数メートル走って地下への階段に飛び込んだ。
きっと彼なら、傘だってビックサイズだ。そんなのがちゃんと置き傘であって、閉店まで粘っていれば、彼なら絶対送ってくれる!
なんて目論見はバッチリ当たって、それも閉店よりもぜんぜん前に……だ。
「もういいって、客も来ないしよ、今日はもう、閉店にしようぜ……」
なんて突然マスターが言い出し、生ビール二杯で目的達成できたのだった。
そうしてアパートの階段下まで送ってもらい、二階にある自分の部屋に入った途端、あまりのショックに暫しその場で固まった。
――嘘……何よ、これって……。