第1章 - 3 天野翔太(8)
文字数 1,448文字
3 天野翔太(8)
それからリハビリを頑張って、多少引きずる感じは残ったものの、翔太はしっかり歩けるようになり無事退院。
それから、あの三人組は不思議なくらいチョッカイかけて来なくなる。
それどころかいつも三人べったりだった筈が、滅多にそんな姿を見掛けなくなった。
なんにせよ、施設での生活は平穏で、普通の中学校生活を送れるようになる。そうなると成績も日に日に上向き、公立としてはトップクラスの高校普通科に進学することができたのだった。
そしてちょうどその年の春、あと一週間で五月を迎えるという日のことだった。
学校から戻ると、施設が大騒ぎになっていた。同室の少年に尋ねると、生田絵里香が学校の屋上から飛び降りたんだと教えてくれる。
絵里香は一学年下で、入所は翔太よりぜんぜん早い。可愛い上にとびっきり明るい性格で、誰にでも好かれる女の子だった。
それが半年ほど前くらいから、妙に塞ぎ込むようになっていた。
翔太もそんな様子に気が付いて、何度か声を掛けたりしたのだ。
すると必ず、「なんでもないの」「大丈夫だから」などという答えが返ってくる。
そして受験生であったのと、失恋でもしたんじゃないか?――なんて噂もあったりしたので、翔太もあえてそれ以上突っ込んだりはしなかった。
遺書も何もなく、衝動的な自殺と断定される。さらに翔太が飛び降りたのと同じフェンスをよじ登り、翔太の落ちた生垣よりもっと遠くへ飛んでいた。
――どうしてなんだ?
施設にいるみんなが疑問を感じ、彼女の自殺を心の底から悲しんだ。
そんな事件から三日目の夜、荒井が深夜になっても施設に戻ってこなかった。
すでに高校三年になっていた彼は、来年の就職と同時に施設を出ていくことになっている。だから多少のことは大目に見て貰えたが、無届けで帰宅が深夜になるのは初めてのことだった。
その夜、施設の明かりが消え去った頃、翔太の部屋にある窓ガラスが小さな音を立てるのだ。
二段ベッドの下段で寝ていると、小さな出窓が頭の少し上にくる。そこから窓を叩く音が何度か聞こえ、翔太はベッドから起き出し、出窓の外を覗き見た。
すると人影がはっきり見えて、その背格好こそ、まさに荒井良裕のようなのだ。
きっと鍵が掛かって入れずにいて、鍵を開けて欲しいと言うのだろう。そう思って玄関の方を指さすが、荒井の方はまったく別のジェスチャーをしてよこす。
「出てこい!」と、明らかに彼の仕草はそう言っていた。
だから翔太は仕方なく、同室の少年に気付かれないよう部屋を出る。
玄関を出ると、やはり荒井が待っていて、「ついてこい」という感じに腕を小さく二、三度振った。
そうして近くの公園に連れて行かれ、そこ初めて荒井の状態を翔太は知った。
きっと二、三発ってどころじゃない。
公園の薄暗い中はっきりしないが、顔が異様に腫れ上がり、顔のあちこちに血らしきものがこびり付いている。両目ともほとんど閉じていて、それでも荒井にすれば、精一杯見開いているってことだろう。
「どうしたんだよ……それ、誰にやられたんだ?」
「まったくな、お前が来てから、ロクなことが起きねえよ……くそっ」
なんて言葉を発しながらも、荒井の顔には笑顔があった。
そこから荒井が語り出した話を、翔太は何度も遮り、声を荒げて問い正すのだ。
――嘘だ!
――嘘だろ?
――本当なのか?
――本当のことなのか?
何度もそんな台詞を繰り返し、否定しようとしない荒井のことが、殺してやりたいくらいにムカついた。
それからリハビリを頑張って、多少引きずる感じは残ったものの、翔太はしっかり歩けるようになり無事退院。
それから、あの三人組は不思議なくらいチョッカイかけて来なくなる。
それどころかいつも三人べったりだった筈が、滅多にそんな姿を見掛けなくなった。
なんにせよ、施設での生活は平穏で、普通の中学校生活を送れるようになる。そうなると成績も日に日に上向き、公立としてはトップクラスの高校普通科に進学することができたのだった。
そしてちょうどその年の春、あと一週間で五月を迎えるという日のことだった。
学校から戻ると、施設が大騒ぎになっていた。同室の少年に尋ねると、生田絵里香が学校の屋上から飛び降りたんだと教えてくれる。
絵里香は一学年下で、入所は翔太よりぜんぜん早い。可愛い上にとびっきり明るい性格で、誰にでも好かれる女の子だった。
それが半年ほど前くらいから、妙に塞ぎ込むようになっていた。
翔太もそんな様子に気が付いて、何度か声を掛けたりしたのだ。
すると必ず、「なんでもないの」「大丈夫だから」などという答えが返ってくる。
そして受験生であったのと、失恋でもしたんじゃないか?――なんて噂もあったりしたので、翔太もあえてそれ以上突っ込んだりはしなかった。
遺書も何もなく、衝動的な自殺と断定される。さらに翔太が飛び降りたのと同じフェンスをよじ登り、翔太の落ちた生垣よりもっと遠くへ飛んでいた。
――どうしてなんだ?
施設にいるみんなが疑問を感じ、彼女の自殺を心の底から悲しんだ。
そんな事件から三日目の夜、荒井が深夜になっても施設に戻ってこなかった。
すでに高校三年になっていた彼は、来年の就職と同時に施設を出ていくことになっている。だから多少のことは大目に見て貰えたが、無届けで帰宅が深夜になるのは初めてのことだった。
その夜、施設の明かりが消え去った頃、翔太の部屋にある窓ガラスが小さな音を立てるのだ。
二段ベッドの下段で寝ていると、小さな出窓が頭の少し上にくる。そこから窓を叩く音が何度か聞こえ、翔太はベッドから起き出し、出窓の外を覗き見た。
すると人影がはっきり見えて、その背格好こそ、まさに荒井良裕のようなのだ。
きっと鍵が掛かって入れずにいて、鍵を開けて欲しいと言うのだろう。そう思って玄関の方を指さすが、荒井の方はまったく別のジェスチャーをしてよこす。
「出てこい!」と、明らかに彼の仕草はそう言っていた。
だから翔太は仕方なく、同室の少年に気付かれないよう部屋を出る。
玄関を出ると、やはり荒井が待っていて、「ついてこい」という感じに腕を小さく二、三度振った。
そうして近くの公園に連れて行かれ、そこ初めて荒井の状態を翔太は知った。
きっと二、三発ってどころじゃない。
公園の薄暗い中はっきりしないが、顔が異様に腫れ上がり、顔のあちこちに血らしきものがこびり付いている。両目ともほとんど閉じていて、それでも荒井にすれば、精一杯見開いているってことだろう。
「どうしたんだよ……それ、誰にやられたんだ?」
「まったくな、お前が来てから、ロクなことが起きねえよ……くそっ」
なんて言葉を発しながらも、荒井の顔には笑顔があった。
そこから荒井が語り出した話を、翔太は何度も遮り、声を荒げて問い正すのだ。
――嘘だ!
――嘘だろ?
――本当なのか?
――本当のことなのか?
何度もそんな台詞を繰り返し、否定しようとしない荒井のことが、殺してやりたいくらいにムカついた。