最終章 - 1  1980年(2)

文字数 947文字

1  1980年(2)
ところが二人が現れるのは、ほぼほぼ一時間が経ってから。
事故で目黒通りが大渋滞で、タクシーを諦め、途中から電車でやってきたと言う。
「あれじゃあねえ〜、引っ越し屋さんが到着するの、結構掛かると思うわよ」
 千尋のそんな言葉を受けて、それじゃあ、家の中で待っていようとなったのだ。
 ところがそこで、翔太が「こそっ」と声にした。
「ちょっと、いいかな?」
 リビングに行こうとしていた達哉の耳元でそう言って、
「あの、すみません! 僕ら二人、ちょっとコンビニに行ってきます!」
 千尋とまさみに向けてだろうが、あまりに大きな声でそう声にする。それからさっさと靴を履き、達哉のことなどお構いなしに表へ出て行ってしまうのだ。
 だから慌てて後を追い、二人は並んで駅への道を歩き出した。
「実は、こんなものが、見つかったんだ……」
 翔太がそう言ってきたのは、家からほど近い公園の中。彼が先にベンチに座り、達哉がそれに倣って腰掛けようとした時に、ポケットから何かを取り出し達哉へ見せた。
 それは折り畳まれた便箋で、達哉はそれを黙って受け取る。それからしばらくの間、彼はその場に立ち尽くすのだ。
便箋に書かれた宛名を知って、座ることなど一気に忘れ去る。
――由美子さま
 そんな書き出しを目にした途端、次から次へと続いた文字を目で追った。
 そうしてびっしり書き込まれた手紙を読み終え、やっと達哉はベンチに腰掛ける。
 それは翔太にとっての育ての親、天野由美子に宛てた手紙で、翔太が三歳まで一緒に暮らした由美子の母からのものだった。
「これって、どうしたの?」
 達哉は「ふー」と息を吐き、吐き出す息と一緒にそう声にする。
 すると翔太は明るい声で、いつもとおんなじ口調で話し始めた。
「そちらにお世話になる前に、昔のものなんかをさ、この際いろいろ処分しようと思ったんだ。それでもやっぱり、母子手帳とか、お袋と一緒に撮った写真なんかをどうしようかって、思ってね……」
 いろいろ眺めているうちに、無償でもらった紙製のアルバムに納められた写真の裏に、何かが挟まっているのに気が付いた。
 そこに書かれていたのはあまりに衝撃的な内容で、そこから想像できる出来事についても、達哉のまったく知らない事実が隠されていた。
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