第5章 - 1 決意
文字数 1,689文字
1 決意
ハードロック一辺倒だった達哉がある時、ジェフベックの〝ブロウバイブロウ〟に出会ってぶっ飛び、すでに世に出ていた、やはりボーカルの入っていない〝ワイヤード〟を慌てて買った。
この辺りで彼は未来に行ってしまうから、そこで音楽への興味は途絶えてしまう。
ところが代わりに現れた翔太の方も、いい歳しているくせに、部屋にあったその辺のアルバムを聴いていたらしいのだ。
そうして彼はジェフベックからさらに、ロックっぽさが希薄となるジャズフージョン系へと傾倒していく。
その結果が〝カシオペア〟だったり、まゆみのお気に入りだった〝ジョージベンソン〟ってことなのだ。
しかし今を生きている翔太の方は、レコードなんて一枚だって持ってない。
洋楽を聴き始めたのも最近だろうし、きっとカシオペアどころか、ハードロックバンドのひとつも知らないだろう。
――そりゃあ、いきなり「ベンソンはどう?」って、言われてもなあ〜。
物事にはだいたい順序があって、きっと達哉の聴かせたのがジェフベックだったり、もっとロックっぽい曲だったら翔太の反応も違っていたのか?
ただとにかく、山代を遠ざけることには成功したし、あの失敗もある意味、ここに至るには必要なピースだったのかも知れない。
だから施設の頃の憎っくき相手、林田や施設長のことを話したのだって、きっと必要なことだった……?
――だから、しようがないだろう……。
と、自分を納得させようと頑張ってみるが、どうにも恐怖が先に立った。
彼は今、なんとも古臭いビルの前に立っている。このビルを知ったのは、彼が翔太のアパートを知ろうとしていた頃、駅を降り、記憶に刻まれた〝DEZOLVE〟という看板を探していた時だった。
あれ? と思ったのは、その顔を見たからじゃない。
広い歩道を、ただただ真っすぐこちらに向かってやってくる。よそ見している通行人が前から来れば、避けようともせずに歩調を少し緩めるだけだ。
そうして相手が気が付かないと、ぶつかる寸前に立ち止まる。
その瞬間、きっと何かを声にするのだ。
その都度、通行人は驚いて、慌てて道を譲ろうとした。一人はあまりの驚きに、手にしていた買い物袋を放り投げてしまう。
彼はこんな光景を、ずいぶん昔に目にしたことがあったのだ。
それも一度や二度ではなくて、あっちの世界に行く前まではしょっちゅうだった。
入り浸っていたアパートの住人で、腕力だけは人一倍……その分頭はパッパラパーだった同級生。彼には六つ歳上の兄貴がいて、父親と兄弟二人でそのアパートに住んでいた。
働いているのかいないのか、とにかく昼間はだいたいアパートにいて、夜になるとどこかに行ってしまうのだ。
――あいつ、まだあんなことやってるのか……。
見れば相変わらずの強面で、ガタイもいいからちょっと見だけでなんとも言えない威圧感がある。
そんな兄貴を手本としたのか、弟の方も似たようなことをやっていた。それも一切立ち止まろうとしないまま、自ら肩を〝いからせ〟ぶつかっていく。
そうして出す大声に、たいていの人は腰を抜かさんばかりに驚いた。
――前を見て歩かんかい!
もしかするとそんな台詞も、兄貴からの受け売りなのか……?
などと思っていると、強面がどんどん達哉に近づいてくる。
どうせ達哉の顔など覚えちゃいまいが、それでも〝もしも〟ってこともある。
だからゆっくり右を向き、
――あれ? ここにこんな店があったの?
なんて感じで喫茶店の看板に目を向けた。
看板の下には、店内が見通せる窓ガラスが一面にあって、そこにしっかり通行人も映っている。すぐにあいつの姿も映るだろう……と思って見ていたが、いつまで経っても彼らしい通行人は映らなかった。
――まさか、俺を見つけて睨んでたり?
なんて恐怖をしっかり感じて、彼は顔を少しだけ傾け、歩道の方を覗き見た。
――え? 嘘……。
彼の姿がどこにもなかった。
彼のいた辺りまで行ってみたが、もちろんどこにもいやしない。
となれば、考えられる答えはひとつだ。
――このビルに、入ったんだ……絶対にそうだ。
ハードロック一辺倒だった達哉がある時、ジェフベックの〝ブロウバイブロウ〟に出会ってぶっ飛び、すでに世に出ていた、やはりボーカルの入っていない〝ワイヤード〟を慌てて買った。
この辺りで彼は未来に行ってしまうから、そこで音楽への興味は途絶えてしまう。
ところが代わりに現れた翔太の方も、いい歳しているくせに、部屋にあったその辺のアルバムを聴いていたらしいのだ。
そうして彼はジェフベックからさらに、ロックっぽさが希薄となるジャズフージョン系へと傾倒していく。
その結果が〝カシオペア〟だったり、まゆみのお気に入りだった〝ジョージベンソン〟ってことなのだ。
しかし今を生きている翔太の方は、レコードなんて一枚だって持ってない。
洋楽を聴き始めたのも最近だろうし、きっとカシオペアどころか、ハードロックバンドのひとつも知らないだろう。
――そりゃあ、いきなり「ベンソンはどう?」って、言われてもなあ〜。
物事にはだいたい順序があって、きっと達哉の聴かせたのがジェフベックだったり、もっとロックっぽい曲だったら翔太の反応も違っていたのか?
ただとにかく、山代を遠ざけることには成功したし、あの失敗もある意味、ここに至るには必要なピースだったのかも知れない。
だから施設の頃の憎っくき相手、林田や施設長のことを話したのだって、きっと必要なことだった……?
――だから、しようがないだろう……。
と、自分を納得させようと頑張ってみるが、どうにも恐怖が先に立った。
彼は今、なんとも古臭いビルの前に立っている。このビルを知ったのは、彼が翔太のアパートを知ろうとしていた頃、駅を降り、記憶に刻まれた〝DEZOLVE〟という看板を探していた時だった。
あれ? と思ったのは、その顔を見たからじゃない。
広い歩道を、ただただ真っすぐこちらに向かってやってくる。よそ見している通行人が前から来れば、避けようともせずに歩調を少し緩めるだけだ。
そうして相手が気が付かないと、ぶつかる寸前に立ち止まる。
その瞬間、きっと何かを声にするのだ。
その都度、通行人は驚いて、慌てて道を譲ろうとした。一人はあまりの驚きに、手にしていた買い物袋を放り投げてしまう。
彼はこんな光景を、ずいぶん昔に目にしたことがあったのだ。
それも一度や二度ではなくて、あっちの世界に行く前まではしょっちゅうだった。
入り浸っていたアパートの住人で、腕力だけは人一倍……その分頭はパッパラパーだった同級生。彼には六つ歳上の兄貴がいて、父親と兄弟二人でそのアパートに住んでいた。
働いているのかいないのか、とにかく昼間はだいたいアパートにいて、夜になるとどこかに行ってしまうのだ。
――あいつ、まだあんなことやってるのか……。
見れば相変わらずの強面で、ガタイもいいからちょっと見だけでなんとも言えない威圧感がある。
そんな兄貴を手本としたのか、弟の方も似たようなことをやっていた。それも一切立ち止まろうとしないまま、自ら肩を〝いからせ〟ぶつかっていく。
そうして出す大声に、たいていの人は腰を抜かさんばかりに驚いた。
――前を見て歩かんかい!
もしかするとそんな台詞も、兄貴からの受け売りなのか……?
などと思っていると、強面がどんどん達哉に近づいてくる。
どうせ達哉の顔など覚えちゃいまいが、それでも〝もしも〟ってこともある。
だからゆっくり右を向き、
――あれ? ここにこんな店があったの?
なんて感じで喫茶店の看板に目を向けた。
看板の下には、店内が見通せる窓ガラスが一面にあって、そこにしっかり通行人も映っている。すぐにあいつの姿も映るだろう……と思って見ていたが、いつまで経っても彼らしい通行人は映らなかった。
――まさか、俺を見つけて睨んでたり?
なんて恐怖をしっかり感じて、彼は顔を少しだけ傾け、歩道の方を覗き見た。
――え? 嘘……。
彼の姿がどこにもなかった。
彼のいた辺りまで行ってみたが、もちろんどこにもいやしない。
となれば、考えられる答えはひとつだ。
――このビルに、入ったんだ……絶対にそうだ。