第5章 -  5 危機一髪(2)

文字数 1,712文字

 5 危機一髪(2)
 


 さっきの男が目の前にいて、その隣にはハンバーガーを放って寄越した若い方まで立っている。
 そんな出現に驚いていると、ハンバーガーの方がササッと動いて、いきなり達哉の両肩を押さえ付けた。それから彼の身体を反転させて、そのまま元いた部屋まで押し戻されてしまうのだ。
 その間、ひと言だって声にはできない。
 ――なんだよ! 逃げていいんじゃなかったのか!?
 ――だったらどうして、縄を外したりしたんだよ!
 ――訳わかんねえよ!
 ――勘弁してくれってえ!
 身体中にそんな思いが駆け巡ったが、声にするにはあまりに恐怖がデカかった。
「お前さんのお友達が、お宅を探しているんだそうだよ。まああれだ……その彼が、何やらいろいろと、やらかしてくれちゃったみたいでね、申し訳ないが、このままお帰りいただく訳にはいかなくなっちまったよ。残念なんだがね……」
 そんな言葉を耳にして、達哉は完全に震え上がった。
 それから二、三時間は経過して、再び手首の縄が外され、彼は車の後部座席に押し込められた。
 ところがいくら経っても走り出さない。
 スーツの男は乗り込もうともせずに、表で煙草をふかしていたりする。
 一方ハンバーガーの方は運転席に乗り込んで、たまに後部座席の達哉に目を向けるが、それ以外はほぼほぼ前を向いたままなのだ。
 そうしてどのくらいが経ったのか? 辺りがかなり薄暗くなって、車にいても気温がどんどん下がっているのが感じられた。
 スーツの男はそれでも車に乗り込まず、もしかしたらどこかへ行ってしまったか……?と、車の周りに達哉が目を向けようとした時だ。 
 いきなり車内に光が当たった。
 驚いてフロントガラスに目をやると、ハイビームで近付いてくる車が一台。
 そんな認知とほぼ同時、再びスーツの男が達哉の視界に現れたのだ。
 
「さあて、そろそろだ……」
「本当に、藤木さんは無事なんでしょうね?」
「この先に、車が一台停まっている。その車の中でピンピンしているはずだ。今のところはな……」
 そんな声が合図だったように、突然、車のヘッドライトがハイビームになった。
 後部座席から前方を覗き込むと、かなり遠くの方に車らしき影はある。そしてそのまま見ていると、車の前に男が二人立っているのが見えた。
「もちろん、このまま、お宅らを返してやってもいい。終わっちまったことに、二度と首を突っ込まないって、しっかり約束できるならだ。それができないなら、お宅ら二人ともドラム缶に詰め込んで、海に沈んでもらうぞ、冷たいコンクリートと……一緒にな」
 ――一緒にな。
 と言ったところで、男は初めて翔太の顔をちゃんと見た。
 男の名前は林田哲朗。
 養護施設の頃に嫌と言うほど見た顔だったが、顔は感じが驚くくらいに変化していた。
 そののっぺりした顔付きは、どう見たって男前とは言えなかったが、微かに愛らしい印象もどこかに感じられたのだ。
 ところが今は、愛らしいなんて感じは綺麗さっぱり消え去っている。
 その代わり、〝悪行〟を重ねた結果だろうか……言葉にできない凄みが顔全体に沈着し、のっぺり顔がなんとも恐ろしげに映るのだった。
 ――藤木達哉をどこにやった? 
 ――無傷のまま返さないと、荒井良裕の死について警察にタレ込むぞ!
 ――何せこっちには、金城とかいうのがあんたと一緒に、現場近くにいたっていう証人だっているんだからな……。
 彼は一時間ほど待たされて、やっと現れた林田哲朗に大凡そんな感じを訴える。
 これがどれだけ効果があるかは分からなかった。それでも突破口はこれしか思い付かないし、余裕のある印象を彼は必死に演じて見せた。
 すると林田はしばらくどこかへ消え去って、戻っていきなり翔太に告げる。
「ずいぶん久しぶりに会ったってのに、再会の挨拶もなしってんだから、相変わらずお前さんって野郎は食えねえ奴だぜ……」
 立ったままそう言ってから、翔太に向けて「付いて来い」という仕草を見せた。
 そうして翔太が立ち上がるのを確認すると、彼は部屋にいた若い男にも付いて来るよう大声を上げる。
 それから二時間近く車に揺られ、横須賀市を過ぎた辺りで林田がやっと口を開いた。
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