第1章 -  5 天野翔太(藤木達哉)(6)

文字数 1,227文字

 5 天野翔太(藤木達哉)(6)



 きっとこっちはそんな顔に、もう見慣れてしまっているのだろう。
 あと半年も経たないうちに、普通の生活ができなくなるのだ。このひと月ちょっとで、彼女が驚くくらいに変わったからって全くもって不思議じゃない。
 ――どうする? 話してしまうか?
 しかし……朝の散歩でちょっと話すくらいの関係で、そんな話をされたらそれこそ大迷惑だ。すぐにそう考え直し、素直に横になろうと決めたのだった。
 ところがあっという間に、彼は眠り落ちてしまう。
「お休みになられたら、わたしは静かに出ていきますから……」
 鍵はポストに入れておくので、目が覚めたらすぐに取って欲しいと、そんな言葉までは覚えていたが……、
 ――あれで、俺はすぐに寝てしまったのか……?
 それ以降のことを、彼はまったく何も覚えていない。
 やはり彼女が指摘した通り、それなりに疲れが溜まっていたのだろう。
 そうして目が覚めるのは、かなり日の傾いた頃。台所には夕食の惣菜が並べられ、彼女の置き手紙と食材の余りが残されている。
 せっかく休みなのに、近所のスーパーまで買い物に出掛け、それなりに手の込んだ手料理をわざわざ作ってくれたのだ。
 正直言って有り難かった。涙が出そうになる程ジーンと来たが、何がどうあろうとも、彼女と親しくなるのはまずいって気がした。
 ――未来が、ないんだ……。
 だからもう河川敷には近付かず、これっきり会わないようにした方がいい。そう心に決めて、彼は翌日から朝の散歩もやめてしまった。
 ところが当然、綾野の方はそうじゃない。
 次の日も、その次の日も、彼が朝の公園に現れないものだから、三日目の夕刻に彼女がいきなり現れるのだ。
「天野さん、大丈夫ですか!?」
 そんな声と一緒にアパートの扉を何度も叩いて、出て行かないと帰りそうもなかった。
 それでもまさか、会わないようにしていたなどとは言えないから、半開きの扉から顔を出し、ここ数日、実は調子が悪かった……と、満更嘘とも言えない言葉を告げてから、
「でも、もう随分いいので、心配なさらないでください」
 そう続け、彼は扉をゆっくり閉じようとした。
 すると彼女は
「あの!」
 と、いきなり大声を出し、
「わたしがこうして来ること、天野さん、困ってますか? というか、わたしのこと、本当は嫌いですか? もしそうなら、そうだって、おっしゃってください!」
 そう言ってから、扉の隙間を睨み付けるような顔をする。
 だから閉じようとしていた扉を再び開き、彼は静かに、それでもしっかりした口調で告げたのだった。
「嫌いだなんて、そんなことはありませんよ……けっして、ないですから……」
 するといきなり、
「じゃあ、どうして……?」
 とだけ口にして、彼女はすぐに下を向いてしまうのだ。
 この瞬間、やっと気持ちが固まった。  
「もしかして、これからお仕事ですか?」
 そう尋ねると、やはりこれから朝まで夜勤で、明日、明後日は休みなんだと答えが返った。
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