第8章 - 3 1980年 五月三日 土曜日(4)
文字数 1,393文字
3 1980年 五月三日 土曜日(4)
すると千尋の顔が苦み走って、明らかに何か言いたげな顔付きなのだ。
元々は、山代のことを話した後に、実は翔太の母親が、天野由美子じゃなかったってことを話していく筈だった。
ところが見事にそこをすっ飛ばし、一気に気持ちだけが前のめりになってしまった。
達哉もすぐにそこんところに気が付いて、言い直そうと身構えるのだ。
ところがそんな彼より先に、まさみが静かに声にした。
「天野さん、失礼ですけど、血液型は?」
「あ、僕? 僕はA型、ですけど……」
そう言ってしまって、翔太は慌てて達哉、そして千尋へ視線を送る。すると千尋が足を大きく踏み出し、いきなり語気を強めて告げるのだった。
「あの、お母さん、わたしも達哉さんからお聞きしました。お子さんとの写真の裏に、O型って書かれていたって、だから、息子さんは確かに、一度はO型だったんだろうと思います。でも、血液型って変わるんですよ。成長して、もしかしたらその後、変わってしまっているかも知れない。もし、そうだったら……」
「馬鹿なこと言わないで! そんな話、わたしは聞いたことないわ!」
「お母さん! 本当なんです。わたしの知り合いにお医者さんがいて、その人、血液が専門なんですけど、その人から聞いたんです。赤ん坊の時にO型だって判定されても、実はA型だったって人、けっこういるんですよ」
――血液型って変わっちゃう。
何日か前の大山で、そんな千尋の言葉に達哉が慌てて告げたのだった。
「じゃああれか? 天野さんは元々はA型じゃなくて、生まれたばかりの頃は、O型だったってことなの? え? そうなったら、やっぱり山代のやつが父親で? 俺のしたことは、大間違いだったってことになのか?」
「違うって! もう! ぜんぜん違うって! 変わっちゃうって言うかさ、赤ちゃんの時って、はっきりしないってことなのよ。赤ん坊の時にね、O型だって判定されても、大人になって調べたら、A型やB型だったり、A型の場合はね、確か、AB型の場合があるんだって……だからさ、可能性は、あるってことよ」
「うん、その話が本当なら、確率は別として、可能性は、確かにあるね」
千尋の言葉にそう返し、達哉が翔太の方へ視線を向けた時だった。
「あのさ、実はこれまで、まったく気にしたことなかったんだけど……」
そう言って、翔太はポツリポツリと話し始める。
昔、翔太の母親も看護婦をしていて、一緒に暮らし始めた頃に病院を辞めた。
「ほら、公園の前で撮った写真があったろ? あれさ、確か、一緒に働いていた看護さんに撮って貰ったって、聞いた覚えがあるんだけど……」
その日を最後に退職し、由美子の手には小さな花束が握られている。
「それが、どうしたの?」
「ちょっと待って! ってことはさ、公園の近くで、働いていたってことだよな?」
「うん、そうじゃないかって、思うんだ。でもまあ、家が同じ方向で、一緒にあの辺まで帰って来たってことも、あるんだろうけどね」
特におかもと産婦人科は、丘本公園と一本道で、百メートルと離れていない。
「でね、それ以降、病院に勤めてないんだ。資格があるんだったら、また病院で働くってのが普通だろ? 今考えればさ、どうしてなんだろうって、思うんだ……」
そうして次の日、達哉がおかもと産婦人科へ出向いてみると、「あっ」と驚く事実が発覚するのだ。
すると千尋の顔が苦み走って、明らかに何か言いたげな顔付きなのだ。
元々は、山代のことを話した後に、実は翔太の母親が、天野由美子じゃなかったってことを話していく筈だった。
ところが見事にそこをすっ飛ばし、一気に気持ちだけが前のめりになってしまった。
達哉もすぐにそこんところに気が付いて、言い直そうと身構えるのだ。
ところがそんな彼より先に、まさみが静かに声にした。
「天野さん、失礼ですけど、血液型は?」
「あ、僕? 僕はA型、ですけど……」
そう言ってしまって、翔太は慌てて達哉、そして千尋へ視線を送る。すると千尋が足を大きく踏み出し、いきなり語気を強めて告げるのだった。
「あの、お母さん、わたしも達哉さんからお聞きしました。お子さんとの写真の裏に、O型って書かれていたって、だから、息子さんは確かに、一度はO型だったんだろうと思います。でも、血液型って変わるんですよ。成長して、もしかしたらその後、変わってしまっているかも知れない。もし、そうだったら……」
「馬鹿なこと言わないで! そんな話、わたしは聞いたことないわ!」
「お母さん! 本当なんです。わたしの知り合いにお医者さんがいて、その人、血液が専門なんですけど、その人から聞いたんです。赤ん坊の時にO型だって判定されても、実はA型だったって人、けっこういるんですよ」
――血液型って変わっちゃう。
何日か前の大山で、そんな千尋の言葉に達哉が慌てて告げたのだった。
「じゃああれか? 天野さんは元々はA型じゃなくて、生まれたばかりの頃は、O型だったってことなの? え? そうなったら、やっぱり山代のやつが父親で? 俺のしたことは、大間違いだったってことになのか?」
「違うって! もう! ぜんぜん違うって! 変わっちゃうって言うかさ、赤ちゃんの時って、はっきりしないってことなのよ。赤ん坊の時にね、O型だって判定されても、大人になって調べたら、A型やB型だったり、A型の場合はね、確か、AB型の場合があるんだって……だからさ、可能性は、あるってことよ」
「うん、その話が本当なら、確率は別として、可能性は、確かにあるね」
千尋の言葉にそう返し、達哉が翔太の方へ視線を向けた時だった。
「あのさ、実はこれまで、まったく気にしたことなかったんだけど……」
そう言って、翔太はポツリポツリと話し始める。
昔、翔太の母親も看護婦をしていて、一緒に暮らし始めた頃に病院を辞めた。
「ほら、公園の前で撮った写真があったろ? あれさ、確か、一緒に働いていた看護さんに撮って貰ったって、聞いた覚えがあるんだけど……」
その日を最後に退職し、由美子の手には小さな花束が握られている。
「それが、どうしたの?」
「ちょっと待って! ってことはさ、公園の近くで、働いていたってことだよな?」
「うん、そうじゃないかって、思うんだ。でもまあ、家が同じ方向で、一緒にあの辺まで帰って来たってことも、あるんだろうけどね」
特におかもと産婦人科は、丘本公園と一本道で、百メートルと離れていない。
「でね、それ以降、病院に勤めてないんだ。資格があるんだったら、また病院で働くってのが普通だろ? 今考えればさ、どうしてなんだろうって、思うんだ……」
そうして次の日、達哉がおかもと産婦人科へ出向いてみると、「あっ」と驚く事実が発覚するのだ。