第4章 -  4 修正(2)

文字数 1,582文字

 4 修正(2)
 


 天野由美子は若い頃一度、離婚を経験している。
 さらに天涯孤独の身の上だったこともあり、乳飲児だった子供の親権を旦那の方に取られてしまった。
 ところが小学校に上がろうかって頃、その子供が交通事故で他界。嘆き悲しんだ由美子は仕事も辞めて、それからずいぶんと荒れた生活を送っていたらしい。
「で、俺が生まれてさ、苗字をね、旧姓に戻そうとしたんだ」
 家庭裁判所に出向き、「やむを得ない理由がある」として、なんとか天野姓に戻ることを認めて貰える。
「で、晴れて天野由美子に、戻れたってわけなんだ」
「それを話していて、急に反応があったんだね」
「きっと、最初はわからなかったと思う。で、すぐに「あ〜」って、思い出したってところかな」
「とにかくこっちには、あいつが父親じゃないって証拠がしっかりあるんだから、何があったって大丈夫だろうけど、できればさ、言って欲しくなかったな……お母さんの名前とかは……」
「ごめん、気が付いたら言っちゃっててさ、でももし、金を払えって言って来たって、俺は払ったりしないから大丈夫だよ……それよりさ……」
 そこで新たに、翔太が何かを言い掛けた。
 と、同時に、いきなり千尋の声が響き渡って、
「ね、ね、ちょっといい?」
 そんな声に、二人は慌てて視線を上げた。
 すると真っ赤なバンダナを頭に巻いて、やはり赤いエプロン姿の千尋が立っている。
 彼女は二人を交互に見つめ、思いっきりニコニコしながら告げるのだった。
「わたしさ、もう少しで上がらせてもらえるのよ、だからさ、これからウチで、鍋でもツツかない?」
 店の余り物をもらって帰るから、先にアパートの部屋で待ってて欲しい。
 嬉しそうな顔でそう言われ、二人は顔を見合わせてから、ほぼほぼ同時に頷いた。
 十二月になって最初の日曜日だった。翔太が「DEZOLVE」から出てくるのを待ち伏せて、達哉は彼と一緒に千尋のバイト先を訪れたのだ。
 すると驚くくらいに店はガラガラ。その結果、二人は千尋から鍵を預かり、先にアパートの一室に上がり込むことになる。ビールや日本酒を買い込んだから、先ずはそれらをちっちゃな冷蔵庫に押し込むと、それから五分もしないうちに千尋が息を切らせて現れた。
「ほらあ、凄いでしょ? これ全部、もう切ってあるから、あとは鍋に放り込むだけ〜」
 靴を脱ぐなりそう言って、抱えていたビニール袋を二人に向けて揺すって見せた。
 そうしてあっという間に鍋が煮え、しばらくの間は会話は二の次って状態となる。
 やがて、おおかた鍋の方も片付いて、そうしてやっと翔太は泡の消え去ったビールに口を付けた。
 そんなのを見て、千尋がさっそく声にするのだ。
「そんな気の抜けたの呑んで美味しいの? それも、散々食べた後に〜」
 千尋は顔をクシャクシャにして、顔付きそのまま達哉の方へ向き直る。
 その瞬間、達哉は咄嗟に思うのだった。
 ――あっちだったら今頃きっと、写真や動画を撮ってるな……
「おいおい、その顔、鏡で見てみろよ、物凄いことになってるぜ」
 なんて翔太の声を聞きながら、彼は二十一世紀で体験していた世界を思い返した。
 デジタルカメラどころか、スマホでどこでもカンタン高画質だ。それも、一瞬で転送できるなんて話したら、二人は信用などしてくれるだろうか?
 吉崎涼の家――というか実際は、父親所有のお屋敷――へ、初めて招待された時、信じられない設備に腰を抜かさんばかりに驚いたのだ。
 スマホで家中の家電をコントロール出来て、ネットテレビを恐ろしいくらいの大画面で鑑賞しちゃったりする。そして何より驚いたのが、話しかけると答えてくれる、ちっちゃなテレビのような機械だった。
 ――でも、二人もいずれ、そんな時代を経験するんだ……。
 そうしてマジマジ二人のことを見つめていると、千尋がいきなり達哉に向かって文句を言った。
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