第4章 - 3 バイク事故(2)
文字数 1,627文字
3 バイク事故(2)
日も傾きかけた頃、軽いランニングから帰宅した途端、天野翔太が事故に遭ったと連絡が入る。
この時代にはスマホどころか携帯もないから、千尋との連絡は家電のみ。汗だくのままシャワーを浴びようとしていると、まさみがいきなり言ってきたのだ。
「ねえ、本間さんってお嬢さん、近いうちに、うちに連れていらっしゃいよ」
トレーニングウエアを脱ぎ捨て、いよいよブリーフを下ろそうかという時だった。
「え? なんだよ、いきなり……」
「あ、そんな顔しちゃって、照れちゃってるの?」
「違うって、ホント! そんなんじゃないんだって!」
「ふふ、そうなの? じゃあ、とりあえず、そういうことにしときましょうか……」
などと言われて、やっと千尋からの電話なんだと教えて貰った。
そうして事故を知り、達哉は慌てて病院に向かう。すると天野翔太は四人部屋一番奥のベッドに寝ていて、その様子を千尋が心配そうに見つめているのだ。
――大した事故じゃない。ちょっとした打撲くらいだから。
事故の起きる少し前、心配する千尋に向けて、達哉ははっきりそう告げていた。
「それだって、教えたっていいじゃないですか? 万が一ってこともあるでしょう?」
「いや、教えてしまったら、注意しちゃって事故が起きないかもしれない。もしそうなったら、もうその先、どうなっていくか分からなくなるから……」
事故に遭い、山代をアパートへ入れてしまったことから始まっている筈なのだ。
だからそのギリギリまでは何もしないで、事故に遭ったところでほんの少しだけ変化を与える。
「分からないけどさ、もしもだよ、事故より前に、彼にすべてを伝えちゃったら、当然彼は山代の血液型を調べてさ、即行あそこを辞めるよね、そうなった時、あの事故は起きなくなるのか? もしかしたらその逆で、大事故になっちゃったりしないか……とかさ、いろいろ考えられるだろ? だからできるだけ、俺たちが手を出すのはほんのちょっとにしたいんだ」
つまり翔太にすべてを教えるのは事故の後で、それまでは血液型のことくらいしか話さない。
――B型とO型の両親からは、決してA型の子供は生まれない。
「いずれあなたの前に、自分が父親だと〝ウソぶく〟男が現れます。しかしそいつはまったくの偽物で、あなたにとって本来、なんの関係もない男なんですよ」
そんな時期が近付いて来たら、きっとこの続きを話すからと達哉は告げた。
「それまでは、このことは心の中だけに留めておいてください。きっとまた、この三人で会う機会がやって来ますから、きっと、そう遠くないうちに……」
ところが当然、翔太は納得などしてくれない。
「俺さ、やっぱり、〝大変なこと〟とかってどうでもいいよ。だからさ、藤木くんって言ったよね? 彼にもさ、そう伝えといてくれない?」
次の日、翔太が笑顔でそう言ってきたと、千尋が心配そうに伝えに来たのだ。
それから数ヶ月が経過して、達哉は〝まだかまだか〟と待っていた。
実際、事故にあった記憶はあっても、それがなん月だったかなんて覚えちゃいない。
ただ少なくとも、それは寒い冬の日だった……と思うのだ。
――頼む、早く起きてくれ……。
などと、祈り始めてさらにひと月くらい経った頃、天野翔太はバイクの事故で転倒し、気を失ったまま救急車で運ばれた。
ところが慌てて駆け付けてみると、彼は眠ったままで目を覚さない。
それじゃあどうして、普通病棟なんだと達哉が聞けば、
「脳震盪だろうって言うの。検査でも特に異常はないし、いずれ目を覚ますからって言われたんだけど……」
千尋が心配そうにそう返すのだ。
記憶では、翔太が目を覚ました時に、周りに誰もいなかった。
それが今は、彼の覚醒を達哉と千尋が今か今かと待っている。
――ただこれは、事故本来とはまったく関係ない筈だ!
だからきっと、もうすぐ目を覚ます筈と、達哉は心配そうにしている千尋に向けて笑顔を崩さずそう告げたのだった。
日も傾きかけた頃、軽いランニングから帰宅した途端、天野翔太が事故に遭ったと連絡が入る。
この時代にはスマホどころか携帯もないから、千尋との連絡は家電のみ。汗だくのままシャワーを浴びようとしていると、まさみがいきなり言ってきたのだ。
「ねえ、本間さんってお嬢さん、近いうちに、うちに連れていらっしゃいよ」
トレーニングウエアを脱ぎ捨て、いよいよブリーフを下ろそうかという時だった。
「え? なんだよ、いきなり……」
「あ、そんな顔しちゃって、照れちゃってるの?」
「違うって、ホント! そんなんじゃないんだって!」
「ふふ、そうなの? じゃあ、とりあえず、そういうことにしときましょうか……」
などと言われて、やっと千尋からの電話なんだと教えて貰った。
そうして事故を知り、達哉は慌てて病院に向かう。すると天野翔太は四人部屋一番奥のベッドに寝ていて、その様子を千尋が心配そうに見つめているのだ。
――大した事故じゃない。ちょっとした打撲くらいだから。
事故の起きる少し前、心配する千尋に向けて、達哉ははっきりそう告げていた。
「それだって、教えたっていいじゃないですか? 万が一ってこともあるでしょう?」
「いや、教えてしまったら、注意しちゃって事故が起きないかもしれない。もしそうなったら、もうその先、どうなっていくか分からなくなるから……」
事故に遭い、山代をアパートへ入れてしまったことから始まっている筈なのだ。
だからそのギリギリまでは何もしないで、事故に遭ったところでほんの少しだけ変化を与える。
「分からないけどさ、もしもだよ、事故より前に、彼にすべてを伝えちゃったら、当然彼は山代の血液型を調べてさ、即行あそこを辞めるよね、そうなった時、あの事故は起きなくなるのか? もしかしたらその逆で、大事故になっちゃったりしないか……とかさ、いろいろ考えられるだろ? だからできるだけ、俺たちが手を出すのはほんのちょっとにしたいんだ」
つまり翔太にすべてを教えるのは事故の後で、それまでは血液型のことくらいしか話さない。
――B型とO型の両親からは、決してA型の子供は生まれない。
「いずれあなたの前に、自分が父親だと〝ウソぶく〟男が現れます。しかしそいつはまったくの偽物で、あなたにとって本来、なんの関係もない男なんですよ」
そんな時期が近付いて来たら、きっとこの続きを話すからと達哉は告げた。
「それまでは、このことは心の中だけに留めておいてください。きっとまた、この三人で会う機会がやって来ますから、きっと、そう遠くないうちに……」
ところが当然、翔太は納得などしてくれない。
「俺さ、やっぱり、〝大変なこと〟とかってどうでもいいよ。だからさ、藤木くんって言ったよね? 彼にもさ、そう伝えといてくれない?」
次の日、翔太が笑顔でそう言ってきたと、千尋が心配そうに伝えに来たのだ。
それから数ヶ月が経過して、達哉は〝まだかまだか〟と待っていた。
実際、事故にあった記憶はあっても、それがなん月だったかなんて覚えちゃいない。
ただ少なくとも、それは寒い冬の日だった……と思うのだ。
――頼む、早く起きてくれ……。
などと、祈り始めてさらにひと月くらい経った頃、天野翔太はバイクの事故で転倒し、気を失ったまま救急車で運ばれた。
ところが慌てて駆け付けてみると、彼は眠ったままで目を覚さない。
それじゃあどうして、普通病棟なんだと達哉が聞けば、
「脳震盪だろうって言うの。検査でも特に異常はないし、いずれ目を覚ますからって言われたんだけど……」
千尋が心配そうにそう返すのだ。
記憶では、翔太が目を覚ました時に、周りに誰もいなかった。
それが今は、彼の覚醒を達哉と千尋が今か今かと待っている。
――ただこれは、事故本来とはまったく関係ない筈だ!
だからきっと、もうすぐ目を覚ます筈と、達哉は心配そうにしている千尋に向けて笑顔を崩さずそう告げたのだった。