第1章 -  4  山代勇

文字数 1,077文字

 4  山代勇
  
 例えクソ味噌にヤラれても、笑ったことくらいは後悔させたい……。翔太はただただ、そんなことだけを心に念じ、施設長と林田を深夜の公園に呼び出した。
 そこは荒井と最後に話した場所で、深夜なら人も滅多にやってはこない。
 だから変な邪魔も入らないだろうなんて、そんなふうに思っていたが、最初から思いっきり邪魔者だらけだった。
 ――生田絵里香の自殺した理由が分かりました。
 そんな手紙を二人に手渡し、呼び出したところまではよかったが、まさかここまで大人数で来るとは思わなかった。
 施設長と林田の他に、チンピラ風情の輩が五、六人もいる。
 つまり七対一とか八対一だ。となれば荒井の話は何から何まで本当で、彼とおんなじ運命が、翔太にも待ち構えているってことだろう。
 ――ただで、やられてたまるか!
 そう思った途端、施設長めがけて飛び込んでいた。少なくとも林田よりは、人質として使えるだろうと考えたのだが、そこんところが間違いだった。
 まるで気にすることもなく、先頭にいたのが拳を振り上げ翔太に向かって突進する。
 そこからは、実際ほとんど覚えていない。
 身体が勝手に応戦し、五、六発はやられたろうが、相手に与えたダメージからすれば無視していいって感じだろう。気付けば残っているのは林田だけで、彼も足が動けば逃げ出していた筈だ。
 多少は戦えると思っていたが、ここまでやれるとは、正直まるで思っていなかった。
 中一で経験した屋上での一件から、彼は近所にある空手道場に通い始めた。 月謝は驚くくらいに安かった。施設から出る小遣いでも充分足りたから、彼は必死に強くなろうと頑張ったのだ。
 そうして中三の頃にはすでに、全国大会に出場するくらいになっている。
 きっと〝タッパ〟も影響してたと思うのだ。その頃には一メートル八十センチを超えていて、戦う相手を見下ろしながらのことだった。
 だからと言って、実戦でここまで通用するとは思っちゃいない。〝実戦空手〟という看板は、伊達じゃなかったってことだろう。
 ただしきっと、これで向こうは本気になる。
 そうなれば、ちょっと腕っぷしが強いくらいじゃ到底太刀打ちできないだろう。
 ただこの瞬間は、翔太の前には林田以外誰もいない。
 ヒットした蹴りが彼の足首を砕いたらしく、地べたに這いつくばって〝ああだこうだ〟と騒いでいる。が、こうなってしまえば〝戯言〟以外の何物でもなかった。
 タダで済むと思うなよ……この借りは百倍にして返してやる……。
 きっと、本当のことなのだ。
 それでも今、この時は、そんな未来のことなどどうでもよかった。
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