第1章 -  5 天野翔太(藤木達哉)(2)

文字数 1,364文字

 5 天野翔太(藤木達哉)(2)



「入院費のことは心配いらないから、この際、徹底的に検査してもらって、悪いところはとことん治してしまったらいいよ。これからも、まだまだ息子を助けてもらわんといけないからな〜」
 などと言って、吉崎弥は驚くくらいの大笑いを見せた。
 実際、天野翔太が何をどうして……社長の息子の手助けをするのか?
 多少の疑問があるにはあったが、ただ少なくとも、翔太は会社にとって重要であり、社長は会社をそろそろ息子の手に委ねたいと考えている。
「だから、何か困ったことがあれば、何でもこいつに言い付けてくれよ」
 吉崎弥はそう声にして、息子を残してさっさと病室からいなくなった。
 そこから涼からの質問攻めで、どうしてあんなところに行ったのか? 
「車に飛び込もうとしてたって、いったいどういうことなんですか?」
 などと、彼は次から次へと当然の疑問を投げ掛けてくる。
 だからと言って、藤木達哉に戻ろうと思ったなどと言えやしないから、適当な嘘を返しつつ、達哉は必死に話題を変えようとした。
「そう言えば、あれからずいぶんと記憶が戻ってきたんだよ。だからきっと、もう大丈夫だから……」
 何が大丈夫か……なんてのは知らないが、とにかく記憶については嘘ではなかった。
 天野翔太が生きてきた人生を、今は自分のことのように思い出せた。それも驚くような思い出ばかりで、記憶をたどる度に、
 ――こんなことって……あるのかよ?
 まるでドラマか映画のような出来事ばかりで、心が一気に重くなった。
母親が亡くなって、苦労しながら孤児院で育った。それだけだって達哉にとっては驚きなのに……だ。
 ――殺人犯……だなんて、いったい、どういうことだよ!
 彼は人を殺した罪で、少年刑務所に服役していた。
 ――警察は、ちゃんと調べてくれたのか?
 しかし記憶によれば、それは大きな間違いであり、
 ――それに、山代って……なんちゅうクソ野郎なんだ?
 すべては、父親のせいだった。
 ――こんなの、最悪じゃねえか……。
 母子を捨てたなんてことなら、この世の中掃いて捨てるほどあるだろう。酷い話には違いないが、借金のことだって、特段珍しいとは思わなかった。
 しかしその上、こいつは金に困って息子の家に押し入った。
 さらに挙げ句の果てに……息子をよりにもよって殺人犯にしてしまうのだ。
 考えれば考えるほど落ち込んで、自分のことのように腹が立って堪らない。
 ところが吉崎涼が帰った後すぐ、新たな衝撃が達哉を襲う。病室に担当医が現れて、いきなり彼に告げたのだった。
「実は、大事なお話があります」
 そう言いながら、彼は達哉の顔をジッと見つめた。そして軽く咳払いをしてから、小さな声で話し始めた。
「本来なら先に、ご家族の方へご説明申し上げるんですが……」
 達哉がはっきり覚えているのは、正直この辺までだった。
 こんな台詞を耳にして、平然としていられるほど鈍感じゃないし、ここはまさしく病院で、数時間前には意識不明だったのだ。 
 そうして運命の瞬間がやってきた。
「残念ですが、天野さんの胃は、末期癌に冒されています……」
 ――癌? 俺が、癌だって……?
 思わず耳を疑った。
 それからすぐに、
 ――ああ、この身体のことか……。
 などと思うが、ひと呼吸あとにはおんなじことなんだと気が付いた。
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