第1章 - 5 天野翔太(藤木達哉)(8)
文字数 979文字
5 天野翔太(藤木達哉)(8)
「え? ここは……」
百坪近くありそうな土地に、そこそこ古いが、かなり立派な家が建っている。見れば表札が「綾野」とあって、となればきっと、忘れ物でも取りに寄ったか?
そう思ったが、事実は推測よりも、ずっとずっと驚きの展開だった。
「本調子が戻るまで、しばらくここに居てください。わたし施設の仕事、昨日で辞めちゃいましたから、これからずっと、チョー暇ですし……」
などとシラッと言って来て、
「明日にでも、必要なものをアパートに取りに行きましょうね」
そう続けたと思ったら、病院からの荷物をさっさと運び始めてしまうのだ。
翔太は慌てて彼女の後ろを付いていき、すぐにやんわりとだが声にする。
「そんな、綾野さん、困りますって、本当に、大丈夫ですから……」
「困らないでください。本当に、こっちこそ、大丈夫ですから……」
翔太の方を向きもせず、そんな返しを平然として、彼女は靴を脱ごうとし始める。そうしてとうとう、彼は言ってしまおうと心に決めた。
「あの、実は、お話ししなければいけないことがあって……実はわたし、今回の入院とは関係なく、ですが……身体の方に、ちょっと問題を抱えていまして……」
その時すでに、彼女は玄関で靴を脱ぎ、長い廊下の上にいた。そして翔太の声で立ち止まり、そのまま振り返ることなく動こうともしない。
彼はそんな彼女の背中に向けて、思ったままを声にした。
「きっとこれから、そう遠くないうちに、深刻な状況になるっていうか、こういうのは、きっとご迷惑をかけることに、なってしまうので……」
だから、アパートに帰ります。
そう続けようとした時だった。
彼女がいきなり振り向いて、翔太の顔をここぞとばかりに睨みつける。
――どうして!?
彼女の目には、なぜか涙がいっぱいだった。
その唇までが細かく震え、さらに上へ下へと揺れている。
そんな姿を認知した途端、彼女の目から涙が一気に溢れ出し、頬を伝って喉元へと流れ込んだ。
「どうして……?」
今度は、声になっていた。
「どうして……」
――泣いているんですか?
続いての言葉は声にはならず、口がほんの少しだけ動いたくらいだ。
ところが……彼女はすべてを知っていた。
泣いている理由を翔太が知らないことも、告げようとしていた病気についても、彼女はすべて知っていたからここにいた……。
「え? ここは……」
百坪近くありそうな土地に、そこそこ古いが、かなり立派な家が建っている。見れば表札が「綾野」とあって、となればきっと、忘れ物でも取りに寄ったか?
そう思ったが、事実は推測よりも、ずっとずっと驚きの展開だった。
「本調子が戻るまで、しばらくここに居てください。わたし施設の仕事、昨日で辞めちゃいましたから、これからずっと、チョー暇ですし……」
などとシラッと言って来て、
「明日にでも、必要なものをアパートに取りに行きましょうね」
そう続けたと思ったら、病院からの荷物をさっさと運び始めてしまうのだ。
翔太は慌てて彼女の後ろを付いていき、すぐにやんわりとだが声にする。
「そんな、綾野さん、困りますって、本当に、大丈夫ですから……」
「困らないでください。本当に、こっちこそ、大丈夫ですから……」
翔太の方を向きもせず、そんな返しを平然として、彼女は靴を脱ごうとし始める。そうしてとうとう、彼は言ってしまおうと心に決めた。
「あの、実は、お話ししなければいけないことがあって……実はわたし、今回の入院とは関係なく、ですが……身体の方に、ちょっと問題を抱えていまして……」
その時すでに、彼女は玄関で靴を脱ぎ、長い廊下の上にいた。そして翔太の声で立ち止まり、そのまま振り返ることなく動こうともしない。
彼はそんな彼女の背中に向けて、思ったままを声にした。
「きっとこれから、そう遠くないうちに、深刻な状況になるっていうか、こういうのは、きっとご迷惑をかけることに、なってしまうので……」
だから、アパートに帰ります。
そう続けようとした時だった。
彼女がいきなり振り向いて、翔太の顔をここぞとばかりに睨みつける。
――どうして!?
彼女の目には、なぜか涙がいっぱいだった。
その唇までが細かく震え、さらに上へ下へと揺れている。
そんな姿を認知した途端、彼女の目から涙が一気に溢れ出し、頬を伝って喉元へと流れ込んだ。
「どうして……?」
今度は、声になっていた。
「どうして……」
――泣いているんですか?
続いての言葉は声にはならず、口がほんの少しだけ動いたくらいだ。
ところが……彼女はすべてを知っていた。
泣いている理由を翔太が知らないことも、告げようとしていた病気についても、彼女はすべて知っていたからここにいた……。