第3章 - 2 千尋と翔太(5)
文字数 1,184文字
2 千尋と翔太(5)
玄関入ってすぐの左側にトイレはあって、そこは当然、台所のある方なのだ。
――じゃあ、わたしが台所で寝るから……。
なんてことを心に思ったとほぼ同時、
「台所は、ゴキちゃんが凄いからなあ〜」
なんて彼の言葉に、千尋はただただ目を見開いたのだ。
そうして二人は結局、朝までずっと話をしていようと決める。
幸い明日は月曜日で、学校さえ耐えればアルバイトは休み。それは天野翔太にとっても同様で、彼の職場も月曜はお休みだ。
ところがそれから聞いた話が、千尋にとっては衝撃だった。
「ねえ、天野さんのこれまでのことを聞かせてよ」
「これまでって?」
「どこで生まれたとか、学校はどこに行ったとかさ、ご両親はなにしてる人で、今はどこにいらっしゃるとか、いろいろと、あるじゃない?」
ほんの気まぐれでの発言だったが、彼は驚くくらいにしっかり話してくれたのだった。
――え? そんなことまで!?
ってくらいに何から何まで話してくれて、彼が施設に入ったところで千尋は思わず声にしていた。
「ねえ、どうしてそこまで、話してくれるの?」
最低だった父親が消え去って、貧乏を絵に描いたような生活からさらに、施設での苦難が待ち受けている。
涙までが滲み出て、千尋は翔太を見つめて聞いたのだった。
すると申し訳なさそうに、
「ごめん、そうだよな、こんな話、イヤ、だよな……」
そんなふうに返してきたから、千尋は必死に首を左右に振ったのだ。
「こんな話でもさ、聞いてくれる人がいるって、いいなって思っちゃって、ついつい話し過ぎちゃったよ、ごめん……」
でも、これまで自分の人生を、人に話したことなどなかったからと言い、
「もしさ、これで俺が明日、いきなり死んじゃったとしても、千尋ちゃんが覚えていてくれるだろ? しばらくの間でもさ……俺っていう人間が、ここでちゃんと生きていたってことをね……」
そう続けて、彼はなんとも言えない笑顔を見せた。
――この人絶対、わたしを泣かそうとしている!
なんて素直に思っちゃうくらいに心が震えて、千尋は流れ出そうとする涙を必死になって耐えたのだった。
きっと、コンビニで買ったサワーのせいだし、あまりに自分と違う生い立ちに、ただただ驚いたってだけなんだ。
それでもこれ以降、ちょっと優しいノッポの隣人さんって感じから、一気に気になる存在となり、三日会わないだけで心が〝モゾモゾ〟し始める。
だから週に二回はバイト終わりに「DEZOLVE」に顔を出し、勧められるカクテルなんかを一時間ほど楽しんでから帰宅する。
そんな時、勇気を出してどこかに誘おうか? などと思ってみるけど、もしも断られたりしたら……?
――このアパートに居られなくなっちゃう!
そうなったら困るから、千尋は絶対言葉にしない。
そうしてあの日も、一時間しないくらいでさっさと店を後にした。
玄関入ってすぐの左側にトイレはあって、そこは当然、台所のある方なのだ。
――じゃあ、わたしが台所で寝るから……。
なんてことを心に思ったとほぼ同時、
「台所は、ゴキちゃんが凄いからなあ〜」
なんて彼の言葉に、千尋はただただ目を見開いたのだ。
そうして二人は結局、朝までずっと話をしていようと決める。
幸い明日は月曜日で、学校さえ耐えればアルバイトは休み。それは天野翔太にとっても同様で、彼の職場も月曜はお休みだ。
ところがそれから聞いた話が、千尋にとっては衝撃だった。
「ねえ、天野さんのこれまでのことを聞かせてよ」
「これまでって?」
「どこで生まれたとか、学校はどこに行ったとかさ、ご両親はなにしてる人で、今はどこにいらっしゃるとか、いろいろと、あるじゃない?」
ほんの気まぐれでの発言だったが、彼は驚くくらいにしっかり話してくれたのだった。
――え? そんなことまで!?
ってくらいに何から何まで話してくれて、彼が施設に入ったところで千尋は思わず声にしていた。
「ねえ、どうしてそこまで、話してくれるの?」
最低だった父親が消え去って、貧乏を絵に描いたような生活からさらに、施設での苦難が待ち受けている。
涙までが滲み出て、千尋は翔太を見つめて聞いたのだった。
すると申し訳なさそうに、
「ごめん、そうだよな、こんな話、イヤ、だよな……」
そんなふうに返してきたから、千尋は必死に首を左右に振ったのだ。
「こんな話でもさ、聞いてくれる人がいるって、いいなって思っちゃって、ついつい話し過ぎちゃったよ、ごめん……」
でも、これまで自分の人生を、人に話したことなどなかったからと言い、
「もしさ、これで俺が明日、いきなり死んじゃったとしても、千尋ちゃんが覚えていてくれるだろ? しばらくの間でもさ……俺っていう人間が、ここでちゃんと生きていたってことをね……」
そう続けて、彼はなんとも言えない笑顔を見せた。
――この人絶対、わたしを泣かそうとしている!
なんて素直に思っちゃうくらいに心が震えて、千尋は流れ出そうとする涙を必死になって耐えたのだった。
きっと、コンビニで買ったサワーのせいだし、あまりに自分と違う生い立ちに、ただただ驚いたってだけなんだ。
それでもこれ以降、ちょっと優しいノッポの隣人さんって感じから、一気に気になる存在となり、三日会わないだけで心が〝モゾモゾ〟し始める。
だから週に二回はバイト終わりに「DEZOLVE」に顔を出し、勧められるカクテルなんかを一時間ほど楽しんでから帰宅する。
そんな時、勇気を出してどこかに誘おうか? などと思ってみるけど、もしも断られたりしたら……?
――このアパートに居られなくなっちゃう!
そうなったら困るから、千尋は絶対言葉にしない。
そうしてあの日も、一時間しないくらいでさっさと店を後にした。