第2章 - 1 四十一年前(2)
文字数 1,149文字
1 四十一年前(2)
慌てて後ろを向こうとするが、その寸前に明るく声が響くのだった。
「あら、達ちゃん、どうしたの? 今朝はいやに遅いのね?」
見れば母、まさみが立っていて、顔だけ覗かせ、満面の笑みを見せている。
――達ちゃんって?
――でもって、今朝は遅い?
と、続けざまに思ったが、それでもなんとか笑顔を作り、「ああ、ちょっとね……」とだけ必死に返した。そしてもちろん、そのまま彼は部屋に戻ろうとする。
ところが再びまさみの声だ。
「お母さん、これから病院で定期検診だから、ご飯食べたら洗わなくていいから、そのままにしておいてちょうだいね」
そう言ってから、彼女は手まで振って見せたのだった。
さっき部屋の時計を目にした時、確か七時を指していた。
窓からの日差しも明るいし、どう考えたって夜ではない。となれば朝の七時だろうし、なのにそんな時間を「遅い」と言った。
――それも、〝達ちゃん〟って、いったい何だよ?
確か小学校の頃までは、そう呼ばれていたような記憶があるが……。
――まさか、母さんまで、誰かと入れ替わったのか?
そんなことを考えて、達哉は二階へ向かわずに、あえてリビングの様子を見に行った。
そこからダイニングまでが見通せて、以前の達哉なら自ら入ったりはしない場所。最後に入ったのはまさに父親とやりやった日で、目を向けた途端に、やっぱり何かが違って感じる。
――なんだ? 何が違う?
そう思ってすぐ気が付いたのは、飾ってあった植物だった。
それもリビングだけじゃない。途中にあった出窓にも、大きな花瓶に薔薇の花が咲いていた。さらにリビングには、紫陽花の花が飾ってあって、他にも名前の知らない観葉植物があっちこっちに置かれているのだ。
以前なら、こんなことは考えられない。
あの、辛気臭い母親が、花を飾るなんてこと想像すらしたことなかった。
きっと、こんなことにすぐ気付くのも、きっと天野翔太だったお陰だろう。
そして最も大きな変化と言えるのは……、
――カーテンが、違うんだ……。
以前はレースのカーテンだけじゃなく、さらに分厚いカーテンが部屋という部屋すべてを覆っていたのだ。
だからどんなに天気がいい日でも、家中どこもかしこも薄暗い。
――俺が大声を上げるたんびに、母さんは慌てて部屋中のカーテンを引っ張って……。
朝になっても、雨戸が閉めっぱなしなんてしょっちゅうだった。
それが今は、部屋全体が明るくなって、思えばさっきの母親だって大違いだ。
何とも明るい声で、それも〝達ちゃん〟だなんて呼びかけて来た。
――いったい何が、あったんだ?
きっとこっちでも、それなりの時間が経過している。そう確信し、彼は辺りを見回し新聞を発見。慌てて手にして、そのまま日付だけに目を向けた。
慌てて後ろを向こうとするが、その寸前に明るく声が響くのだった。
「あら、達ちゃん、どうしたの? 今朝はいやに遅いのね?」
見れば母、まさみが立っていて、顔だけ覗かせ、満面の笑みを見せている。
――達ちゃんって?
――でもって、今朝は遅い?
と、続けざまに思ったが、それでもなんとか笑顔を作り、「ああ、ちょっとね……」とだけ必死に返した。そしてもちろん、そのまま彼は部屋に戻ろうとする。
ところが再びまさみの声だ。
「お母さん、これから病院で定期検診だから、ご飯食べたら洗わなくていいから、そのままにしておいてちょうだいね」
そう言ってから、彼女は手まで振って見せたのだった。
さっき部屋の時計を目にした時、確か七時を指していた。
窓からの日差しも明るいし、どう考えたって夜ではない。となれば朝の七時だろうし、なのにそんな時間を「遅い」と言った。
――それも、〝達ちゃん〟って、いったい何だよ?
確か小学校の頃までは、そう呼ばれていたような記憶があるが……。
――まさか、母さんまで、誰かと入れ替わったのか?
そんなことを考えて、達哉は二階へ向かわずに、あえてリビングの様子を見に行った。
そこからダイニングまでが見通せて、以前の達哉なら自ら入ったりはしない場所。最後に入ったのはまさに父親とやりやった日で、目を向けた途端に、やっぱり何かが違って感じる。
――なんだ? 何が違う?
そう思ってすぐ気が付いたのは、飾ってあった植物だった。
それもリビングだけじゃない。途中にあった出窓にも、大きな花瓶に薔薇の花が咲いていた。さらにリビングには、紫陽花の花が飾ってあって、他にも名前の知らない観葉植物があっちこっちに置かれているのだ。
以前なら、こんなことは考えられない。
あの、辛気臭い母親が、花を飾るなんてこと想像すらしたことなかった。
きっと、こんなことにすぐ気付くのも、きっと天野翔太だったお陰だろう。
そして最も大きな変化と言えるのは……、
――カーテンが、違うんだ……。
以前はレースのカーテンだけじゃなく、さらに分厚いカーテンが部屋という部屋すべてを覆っていたのだ。
だからどんなに天気がいい日でも、家中どこもかしこも薄暗い。
――俺が大声を上げるたんびに、母さんは慌てて部屋中のカーテンを引っ張って……。
朝になっても、雨戸が閉めっぱなしなんてしょっちゅうだった。
それが今は、部屋全体が明るくなって、思えばさっきの母親だって大違いだ。
何とも明るい声で、それも〝達ちゃん〟だなんて呼びかけて来た。
――いったい何が、あったんだ?
きっとこっちでも、それなりの時間が経過している。そう確信し、彼は辺りを見回し新聞を発見。慌てて手にして、そのまま日付だけに目を向けた。