第1章 -  3 天野翔太(11)

文字数 821文字

 3 天野翔太(11)

 再び向けた視線の先で、林田の顔が歪んで見えた。
 広角を上げ、妙に目を細めて、辛そうにも見える。
 ところがまるでそうじゃなかった。
 ――笑ってる、のか?
 辛そうどころじゃぜんぜんなくて、
 ――あの野郎、笑っていやがる!
 すぐに元の表情に戻ったが、アレは笑いを抑えている顔そのものだ。
 思わず足が一歩に出た。
 ちょうどその寸前、施設長の声が響いて、集まっていた全員が四方八方へ動き出す。
 二歩目が林田に向く前に、彼にも声が掛かるのだった。
「天野くん、ちょっといいか?」
 施設長から声が掛かり、爆発寸前だった感情が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。
 それでも不機嫌そうな顔付きのまま、彼は施設長の目の前まで近付いた。
 ――何か知ってることがあるなら隠さずに、教えて欲しい。
 すると施設長からそんなことを言われ、
 ――さっきのことは、もう一度、警察に行って聞いてくるから……。
 ほんの一瞬だけだったが、話してしまおうかという思いが頭を過ぎった。
 しかしすぐに、荒井の言葉が蘇るのだ。
 ――この施設だって、言ってみりゃあ、組の下部組織みたいなもんよ……だからさ……。
 だからなんだと言おうとしたのか? そこんところはわからないが、ただとにかくだ。
 ――こいつだって、信用できない……。
 だから何も知らないと答えて、食堂から立ち去ろうとした時だった。
 振り返った翔太の前に、林田が笑顔で立っていた。それでも、彼はそのまま通り過ぎようとする。すると待ってましたとばかりに、林田の声が響き渡った。
「えらい! えらい!」
 慌てて振り返った彼の目に、林田の満面の笑みが飛び込んでくる。
「いい子でいるんだよ、天野くん〜」
 なんて声が続いたが、そんな言葉以上に衝撃だった。
 ――笑って、る?
 林田の後ろに施設長がいて、その顔が広角を上げ、満足そうに目を細めている。
 ――やっぱり、こいつら……。
 そんな認知と同時に、彼の覚悟も定まったのだ。
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