第2章 - 2  変化(3)

文字数 1,165文字

 2  変化(3)
 


 一年近く、前のことだ。
 コンタクトレンズを道に落としてしまって困っていた時、通りかかった彼がずっと一緒に探してくれた。
 日も暮れ始め、「もういいです。もう、諦めますから」と、由依美は彼に告げたのだ。
 ところが彼は頷かない。
「ダメだよ、高いものなんだから、暗くなるまで一緒に探そう!」
 そう言って、地面に這いつくばって探し続けてくれたのだった。
 結果、コンタクトレンズは見つからなかったが、由依美はこの幸運を逃さなかった。
「あの、わたし、あなたのこと知っています。毎日、おんなじ電車に乗ってたんです、わたしも……」
 そうしてお礼をしたいと続けたが、彼はやっぱり受け入れようとはしなかった。
 それでもその日を境に、電車で顔を合わせれば挨拶くらいは交わすようになる。
 初めて彼を意識したのは、高校に入ってしばらくした頃だった。
 いきなり〝怒鳴り声〟が聞こえて、由依美はそこそこ混み合っている電車の中を見回したのだ。するとスーツ姿の男性が、茶髪の高校生に向かって何やら大声を上げている。
 高校生の声は聞こえてこないが、二人はそのまま次の駅で降りたから、由依美もすぐに忘れてしまうようなことだった。
 ところが学校に来てみると、あっと驚くような真実を知った。

 鮨詰めの満員電車が嫌だったから、由依美はかなり早い電車で通っていたのだ。
 もちろん入学当初は普通の時刻に乗っていたが、二度ほど乗って、二度とも最低最悪の痴漢に遭った。
 幸い、朝六時台の電車に乗るようにしてからは、一度も被害に遭わずに済んでいたが、
 ――あんな早い電車でも、痴漢っているんだ……もう、最低!
 そんなことを知ったのは、学校に着いて、ずいぶん時間が経ってからだ。
「ねえねえ! 聞いた? 真由美がさ、今朝、痴漢に遭って大変だったらしいわよ!」
 そう言ってきたのは、遅刻ギリギリで駆け込んできたクラスメイトの仁美だった。
「え? ウソ! どこでよ? 道歩いてて、いきなりとか!?」
 なんてところまでは、ただただ面白がっていただけだ。
「ほら、彼女、運動部の朝練でさ、朝早いじゃん? でもってさ、バカだからあの子、家からチアのユニホーム、上だけ着て行っちゃったらしいのよ」
 真由美はとにかく胸がデカい。
 あんなので、まるでチビTってヤツを着ていたら、
 ――そりゃ、格好の標的になるわあ〜
 なんて印象通りに、彼女は痴漢に遭遇するのだ。
「でね、いきなりさ、助けて貰ったんだって! ほら、同じ沿線にあるじゃない? 最低最悪のバカ学校……そこの生徒らしいんだけどさ、もう笑っちゃうのよ、茶髪でロン毛のさ、どっちが痴漢なのってヤツがね、さっそうと現れたんだって。それもさ、大デブだってんだから、これって、かなり笑える話っしょ?」
 そう言って、彼女自ら大笑いをしてみせた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み