第6章 - 3  顛末

文字数 2,031文字

 3  顛末
 


 バイトに出かけようとしたところで、いきなり三人組に囲まれた。すぐに薬品のようなものを嗅がされて、気が付いた時にはボッコボコにやられた後だ。
 意識のないまま好き放題したらしい。
 あっちこっちが激痛で、特に顔がどうにも辛かった。
 それでもなんとか立ち上がり、辺りの様子を窺おうとする。するとそこでいきなり足をすくわれ、あっという間にひっくり返ってしまうのだった。
「林田の連中なんて〝マトモ〟だなって思えるくらいに、まさにさ、〝極道〟って感じの奴らだったよ」
 ――父親に死んで欲しくないなら、あいつの借金を肩代わりしろ。
「こっちも、嘘っぱちだって知ってたから、小突かれたりしながらもさ、必死に訴えたんだよ。そうじゃないって、ちゃんと調べれば分かるからって……」
 そうしてポケットに入っていた鍵を、見下ろしている男の一人に手渡した。
「俺の部屋、けっこうヒドイことになってるんだって? でもまあ、それで解放されたんだから、仕方がないっちゃ……仕方ないんだけど……」
「え? でも、あいつ、ボストンバッグ持って逃げちゃったでしょ?」
「そうらしいね。でも、アパートを見張っていた奴がいたらしい。だから、あいつのことを尾行してさ……」
 母親の血液型はB型で、その子供である翔太の方はA型となれば、あとは山代の血液型を調べればいい。
「きっと、何か感じたんだろうね、あいつ、いくら血液型を聞かれても……知らない、覚えてないの一点張りで、結局、病院に連れ込まれるまでになったらしいよ」
 解放されたのがもう夕方で、黒塗りのでっかい外車でアパートの前まで送って貰う。
 そしてその道すがら、そこそこ紳士的な男がそんな経緯を教えてくれた。
「それでさ、いよいよアパートだって頃に聞いたんだ……あいつ、これからどうなるのかってね……」
 そこで男はゆっくりと、それでもかなり大きく息を吸い、まるでタバコの煙を吐き出すように声にした。
 ――すでに保険が掛けてある。
 男はそう言い放ち、これ以上詮索するなと翔太に向けて静かに続ける。
 それから背広のポケットに手を突っ込んで、妙に分厚い長財布を引っ張り出した。
「でさ、治療費の足しにしてくれって、これ、貰ったんだ……」
 札束と言うにはあまりに足りないくらいだが、それでも十万円は優にある。
 そうして男は最後の最後、翔太に初めて笑顔を向けて言ったのだった。
「まあ、可能性としてはだ。あいつが他の女に生ませたってこともあるんだろうが……どうにもな、違いすぎるんでね、あんたとあいつじゃ……あまりによ……」
 男は愉快そうにそう声にしてから、翔太に「降りろ」というような仕草を見せる。
 そして翔太が降りるとすぐにエンジン音を響かせ、あっという間にアパートの前から消え去った。
 そんな光景をしばらく見つめて、やっと肩の力を抜いた時だ。
 背中の方からやたらと大きな声が耳に届いた。
 なんと言ってるかはまるで不明。それでも誰の声かはすぐに分かって、彼は慌ててアパートの方へ目を向けたのだ。すると千尋がアパートの二階から手を振って、今にも泣きそうな顔を向けている。
「もうね、驚いちゃって、顔中血だらけなのよ! だからわたし、急いで病院へ引っ張って行こうとしたの。なのに天野さん、お腹空いた、何か食べたいって、本気でそんなことばっかり言うんだもん!」
 ――無駄足だったらそのまますぐに戻るから。
 そう言っていた達哉の帰りを、実は千尋は待っていたのだ。
 ――すぐ戻ってきたら、一緒に警察に行ってもらおう。
 そんなふうに考えて、アパートで達哉の帰りをただただ待った。
 ところがいつまで経っても戻ってこない。
 昼が過ぎ、日が傾いてきたのに達哉は帰って来なかった。
 と、いうことは……、
 ――無駄足じゃなかったって、ことじゃない!? きっとそうよ! 
 千尋がさっさとそう決めつけた頃、いきなり外からエンジン音が響き渡った。
 慌てて表へ飛び出すと、屋外灯に照らされた翔太の姿が目に飛び込んだのだ。
「まあね、本人が大丈夫だって言うし、もう、六時過ぎちゃってたから、病院は明日にしてさ、大山で何か食べようってことになったのよ」
 そしてアパートの扉に置き手紙を貼り付けて、二人は大山までやってきた。
 ――天野さんは無事、大山にいるからすぐに来て。
「嘘だって、扉に何もなかったぜ?」
「そんなことないよ、ガムテープでしっかり止めたもの」
「ノックだってしたんだから、間違いねえって!」
「あ、違うよ。わたしんとこじゃない! 天野さんちの扉だって!」
 そんな行き違いはあったものの、とにかくギリギリ事なきを得たと、達哉は満面の笑みを二人に向ける。
「事なきって言うにはなあ、ちょっとばっかし、痛かったけどな……」
 そう言いながら、笑うに笑えないって感じの翔太に向けて、達哉は笑顔で告げるのだった。
「なあ、みんなで旅行に行かない? 近場で一泊、温泉でも入ってさ、傷を癒すってのはどうよ!」
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