第3章 - 4 本間千尋と
文字数 1,298文字
4 本間千尋と
「あのさ、ここって、なんというお店だか知ってる?」
「知ってますよ、〝おおやま〟でしょ? でっかい看板、表にあったし」
「違うんだなあ〜 大山って書いて、〝だいせん〟って読むんです〜」
「へえ〜そうなんだ、でも、ほとんどの人は、〝おおやま〟だって思ってると思うけど、だいたい、だいせんって何よって、感じじゃないかな……」
「え〜そうなのかな〜 大山だよ? 鳥取のさ、有名な山。大山どりとか言うじゃない?
結構有名だって思うけど」
「それは確かにそうだけど……でも、〝だいせん〟ってのが山ってのは、僕も知らなかったから」
「ふ〜ん、そうなの? それは、残念無念だな〜」
などと言って、彼女は生ビールのお代わりを注文する。
待ち合わせは夕方の五時だった。
ところが達哉が一時間近くも遅れ、本間千尋はビールのジョッキをほぼほぼ全部飲み干していた。顔は真っ赤で、彼が現れるや否や、店の名前のことを言い出したのだ。
「知ってる? ここってね、アルバイトは、生ビールは百円、料理はなんでも半額なんだよ」
そう言って、笑顔を見せてくるのは有り難かったが、あんまり酔われてしまっても困るのだ。
だからさっさと本題に入ろうとするが、千尋がそれを許さなかった。
自分の生まれはどこで、両親の反対を押し切って、東京の大学に通い始めたのが今年の春から。それでも学費は親頼み……だから、仕送りなんて期待してなかったのに、アパートの家賃代にプラスちょっとが毎月ちゃんと送られてくる。
これにはけっこう感動したんだと、なんとも神妙な表情を彼女は見せた。
それでも当然、それだけでは生活していけないから、
「だからわたしはね、一生懸命バイトして、勉強もね、頑張っちゃうんだ!」
そう言って、そこで千尋は達哉の顔をジッと見つめる。
「あなたってさ、わたしと学校一緒でしょ? 学部はさ、違うんだろうけどね……」
「え? 学校って、大学のこと?」
「うん、あなたのお母さんがさ、上慶大学のお友達かしらって、言ってたから……」
電話口に出たまさみの声が、千尋には妙に若々しい声に聞こえたらしい。
――え? うそ、女が出た……。
てっきり本人が出ると思っていたせいで、一瞬、言うべき言葉を失ってしまった。
「どなたですか?」と言ってきた声に、千尋はてっきり達哉の彼女だと勘違いする。
すると急に、電話した自分が〝大間抜け〟に思えて、
「えっとね、いるんでしょ? そこに……さっさとそいつを出してちょうだい」
などと、まさしく〝つっけんどん〟に返してしまうが、母親であるまさみはただただ言葉通りに受け取った。
だから素直に千尋に向けても声にした。
「えっと、主人じゃないですよね? もしかして、上慶大学のお友達かしら?」
――え? 上慶? お友達?
その瞬間、自分の大ポカに気が付いて、千尋は慌てて説明してしまった。
そちらの御子息が、本日自分のアパートまでやってきて、電話番号の書いたメモを置いていった。自分は彼の言付け通りに電話しただけだから……と、声にしたところで、
「少々、お待ちくださいね……」
そんな声を残し、まさみは電話口から離れていった。
「あのさ、ここって、なんというお店だか知ってる?」
「知ってますよ、〝おおやま〟でしょ? でっかい看板、表にあったし」
「違うんだなあ〜 大山って書いて、〝だいせん〟って読むんです〜」
「へえ〜そうなんだ、でも、ほとんどの人は、〝おおやま〟だって思ってると思うけど、だいたい、だいせんって何よって、感じじゃないかな……」
「え〜そうなのかな〜 大山だよ? 鳥取のさ、有名な山。大山どりとか言うじゃない?
結構有名だって思うけど」
「それは確かにそうだけど……でも、〝だいせん〟ってのが山ってのは、僕も知らなかったから」
「ふ〜ん、そうなの? それは、残念無念だな〜」
などと言って、彼女は生ビールのお代わりを注文する。
待ち合わせは夕方の五時だった。
ところが達哉が一時間近くも遅れ、本間千尋はビールのジョッキをほぼほぼ全部飲み干していた。顔は真っ赤で、彼が現れるや否や、店の名前のことを言い出したのだ。
「知ってる? ここってね、アルバイトは、生ビールは百円、料理はなんでも半額なんだよ」
そう言って、笑顔を見せてくるのは有り難かったが、あんまり酔われてしまっても困るのだ。
だからさっさと本題に入ろうとするが、千尋がそれを許さなかった。
自分の生まれはどこで、両親の反対を押し切って、東京の大学に通い始めたのが今年の春から。それでも学費は親頼み……だから、仕送りなんて期待してなかったのに、アパートの家賃代にプラスちょっとが毎月ちゃんと送られてくる。
これにはけっこう感動したんだと、なんとも神妙な表情を彼女は見せた。
それでも当然、それだけでは生活していけないから、
「だからわたしはね、一生懸命バイトして、勉強もね、頑張っちゃうんだ!」
そう言って、そこで千尋は達哉の顔をジッと見つめる。
「あなたってさ、わたしと学校一緒でしょ? 学部はさ、違うんだろうけどね……」
「え? 学校って、大学のこと?」
「うん、あなたのお母さんがさ、上慶大学のお友達かしらって、言ってたから……」
電話口に出たまさみの声が、千尋には妙に若々しい声に聞こえたらしい。
――え? うそ、女が出た……。
てっきり本人が出ると思っていたせいで、一瞬、言うべき言葉を失ってしまった。
「どなたですか?」と言ってきた声に、千尋はてっきり達哉の彼女だと勘違いする。
すると急に、電話した自分が〝大間抜け〟に思えて、
「えっとね、いるんでしょ? そこに……さっさとそいつを出してちょうだい」
などと、まさしく〝つっけんどん〟に返してしまうが、母親であるまさみはただただ言葉通りに受け取った。
だから素直に千尋に向けても声にした。
「えっと、主人じゃないですよね? もしかして、上慶大学のお友達かしら?」
――え? 上慶? お友達?
その瞬間、自分の大ポカに気が付いて、千尋は慌てて説明してしまった。
そちらの御子息が、本日自分のアパートまでやってきて、電話番号の書いたメモを置いていった。自分は彼の言付け通りに電話しただけだから……と、声にしたところで、
「少々、お待ちくださいね……」
そんな声を残し、まさみは電話口から離れていった。