第1章 - 1 藤木達哉(3)

文字数 854文字

1 藤木達哉(3)

 その顔から怒りの色がスッと消えて、まるで無表情って印象になる。
 だから達哉は思ったのだった。
 ――ちょろい、もんだな……。
 そうして、自ら握りつぶしてしまった〝ゴールデンバット〟を、あろうことか……心配そうにしているまさみ目掛けて投げ付けるのだ。
「こんなもん、もう吸えねえよ!」
 そんな捨て台詞を吐きながら、彼は手のひらにあった塊を力一杯投げつける。
その直前、まさみの視線は達郎の方を向いていた。ほんのチラッと見たせいで、彼女は飛んできた塊に気づかない。
達哉の声に驚いて、視線を向けたところに直撃だった。
「痛い!」
 まさみがくぐもった声を出し、両手を顔に当てて、うずくまる。
「お前! お母さんに何やってるんだ!」
「うるせい! てめえらが悪いんだろうが!!」
 達哉は達郎を睨みつけ、無表情だった達郎の顔にも怒りの色が舞い戻る。
 ここで更なる一撃でもあれば、達哉のイラつきも少しは違っていたのだろう。
しかし達哉の怒号を無視するように、達郎はさっさとまさみの側へと駆け寄った。
「どこだ、どこに当たったんだ? いいから、いいから見せてみろ!」
 そんな父親の声を聞きながら、達哉はウイスキーのボトルを拾い上げ、その時チラッとまゆみの方に目を向けた。
 ――嘘……だろ?
 たかが煙草で、どうしてそんなことになる!? そう思ったところで、目の前にある光景はどう考えたって現実だ。
 まさみが覆っていた両手を離し、その顔を達郎へと向けていた。その右目が真っ赤になって、涙袋までが赤く染まって見えるのだ。
 一瞬、喉がクーっと鳴って、身体がズシンと沈み込むような感じになった。
 達哉はそんな状態を振り切るように、右手拳を振り上げて、目の前にある壁に向かって打ち付ける。
 ボコン!――と、物凄い音がした。
不思議なくらい簡単に、壁に握り拳が減り込んでしまった。
 それからリビングを飛び出して、まるで逃げ出すように玄関から表に飛び出した。「くそっ!」だの「ばかやろう」だのと呟きながら、達哉は暗い夜道をただただ走った。
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