第5章 - 6 急転直下(2)
文字数 1,801文字
6 急転直下(2)
「なんだ、けっこう元気そうじゃない? もうねえ、最初はホント、藤木くん、死んじゃってるって思ったわよ! タンカの上でグッタリしちゃってさ、腕なんかポロって、下に垂れちゃってたんだから……」
「実は俺も、このまま死んじゃうんだなって、ずっと思ってた気がするよ、あそで、ボコボコにされながらね」
「あの時、隣から叩いてもツネっても、まったく反応しないしな……ああ、こりゃ本当にダメかもって思って、白旗を思いっきり上げようとしたんだ。そうしたら、いきなりパッと明るくなって、あれにはホント、びっくりしたよ」
「そうそう、あれって、どうしてだったの? あそこに警察がいたってことは、藤木くんのこと知ってたってこと? それとも、何か他の捜査だったってこと? 実はまったくの偶然で?」
「いや、一応ね、俺はあれから警察に連れて行かれて、刑事さんにいろいろ聞かれたわけよ……でね、その分こっちもいろいろ聞いてやったんだ……そうしたらさ、これがまた、〝驚き桃の木山椒の木〟ってやつなんだよなあ〜」
翔太はそう言ってから、妙に嬉しそうな顔して千尋のことをじっと見る。
――驚き桃の木?
それってなによ? なんて声にしようとした千尋だったが、愉快そうな翔太の視線に気付いて声を荒げて告げるのだ。
「勿体ぶってないで、早く教えてちょうだいよ!」
そう言って、ギッと翔太のことを睨み付けた。
そこは横須賀市にある救急病院で、達哉が昨夜、担ぎ込まれた病院だった。
「もうさ、救急病棟だか、なんだか知らないけど、怖いったらないんだ。唸り声とか叫び声がしょっちゅう聞こえてきて、ぜんぜん眠れないし、明け方になったらなったで、もうね、すっごく臭うんだよ……」
午後になって現れた翔太へ、包帯だらけの達哉が何より先にそう告げたのだった。
だだっ広い――普通の病室って感じじゃ全然ない――ところに簡易ベッドがたくさんあって、救急車でやって来た患者が次々そこに運び込まれる。
酔っ払いやら浮浪者なんかもいるらしく、
「小便やら大きいのやら、まあ臭いのなんのって、身体の痛みなんて忘れちゃうくらい、ひでえ拷問だったよ……ホント」
駆け付けた両親も驚いて、すぐに個室の手配をしたらしい。
幸い骨折などはなかったが、身体中に擦り傷や打撲だらけで、ちょっとでも動こうものなら痛みが走る。散々腹や背中を痛めつけられたから、きっと内臓はボロボロで、瀕死の重症に違いない!……なんて思っていたが、顔の痛々しい感じからすれば驚くくらいに軽症らしい。
「なんたってさ、明日か明後日には、退院できちゃうってんだから、我ながら悪運が強いっていうか、はははって感じ……」
ちょうどそんな話をしているところへ、千尋が心配そうな顔して現れたのだ。
「なんにしたって、警察がいなかったら、二人とも死んじゃってことなんでしょ? もうさ、警察さまさまってことだよね」
ところがそんな千尋の言葉を受けて、翔太は再び戯けた感じで返すのだ。
「いやいや、実際はそんなことでも、なかったらしいよ」
「どうして? だってドラム缶に詰めて、海に放り込まれそうだったんでしょ? 昨日はそう言ってたじゃないの?」
「うん、だってあいつらがそう言ってたし、ドラム缶だって実際、置いてあったしね」
ところが沈めるためのコンクリートが、まるで用意されていなかった。
「大きな石とか、何か重いものを一緒に詰め込もうとしてたんじゃない?」
「でも、そんなんじゃね、いつかきっと、海の上にぽっかり浮き上がってきちゃうらしいよ。とにかくさ、あいつらは俺たちを散々脅かして、あの事件を探るのを、何とかしてやめさせたかったんだろうな……」
「それで、藤木くんを誘拐して、天野さんにまで暴力を振るったってわけ?」
「うん、それにあそこにあったドラム缶にはね、工場で使う液体燃料が入っていて、とても素人が抜き出すなんて、できない状態のヤツらしい」
「へえ〜 そんなことまで、わざわざ刑事さんが教えてくれたんだ……」
「実はさ、この話を聞いたのは、刑事さんからじゃないんだよな……」
「え? じゃあ、いったい誰から聞いたの?」
「えっとね、警察庁……長官、だったかな……確か……」
「え!? 警察庁長官!」
そこで突然、達哉が二人の会話に割って入って、
「どうして、警察庁長官が出てくるの?」
そう言った後、いきなり顔を一気にしかめた。
「なんだ、けっこう元気そうじゃない? もうねえ、最初はホント、藤木くん、死んじゃってるって思ったわよ! タンカの上でグッタリしちゃってさ、腕なんかポロって、下に垂れちゃってたんだから……」
「実は俺も、このまま死んじゃうんだなって、ずっと思ってた気がするよ、あそで、ボコボコにされながらね」
「あの時、隣から叩いてもツネっても、まったく反応しないしな……ああ、こりゃ本当にダメかもって思って、白旗を思いっきり上げようとしたんだ。そうしたら、いきなりパッと明るくなって、あれにはホント、びっくりしたよ」
「そうそう、あれって、どうしてだったの? あそこに警察がいたってことは、藤木くんのこと知ってたってこと? それとも、何か他の捜査だったってこと? 実はまったくの偶然で?」
「いや、一応ね、俺はあれから警察に連れて行かれて、刑事さんにいろいろ聞かれたわけよ……でね、その分こっちもいろいろ聞いてやったんだ……そうしたらさ、これがまた、〝驚き桃の木山椒の木〟ってやつなんだよなあ〜」
翔太はそう言ってから、妙に嬉しそうな顔して千尋のことをじっと見る。
――驚き桃の木?
それってなによ? なんて声にしようとした千尋だったが、愉快そうな翔太の視線に気付いて声を荒げて告げるのだ。
「勿体ぶってないで、早く教えてちょうだいよ!」
そう言って、ギッと翔太のことを睨み付けた。
そこは横須賀市にある救急病院で、達哉が昨夜、担ぎ込まれた病院だった。
「もうさ、救急病棟だか、なんだか知らないけど、怖いったらないんだ。唸り声とか叫び声がしょっちゅう聞こえてきて、ぜんぜん眠れないし、明け方になったらなったで、もうね、すっごく臭うんだよ……」
午後になって現れた翔太へ、包帯だらけの達哉が何より先にそう告げたのだった。
だだっ広い――普通の病室って感じじゃ全然ない――ところに簡易ベッドがたくさんあって、救急車でやって来た患者が次々そこに運び込まれる。
酔っ払いやら浮浪者なんかもいるらしく、
「小便やら大きいのやら、まあ臭いのなんのって、身体の痛みなんて忘れちゃうくらい、ひでえ拷問だったよ……ホント」
駆け付けた両親も驚いて、すぐに個室の手配をしたらしい。
幸い骨折などはなかったが、身体中に擦り傷や打撲だらけで、ちょっとでも動こうものなら痛みが走る。散々腹や背中を痛めつけられたから、きっと内臓はボロボロで、瀕死の重症に違いない!……なんて思っていたが、顔の痛々しい感じからすれば驚くくらいに軽症らしい。
「なんたってさ、明日か明後日には、退院できちゃうってんだから、我ながら悪運が強いっていうか、はははって感じ……」
ちょうどそんな話をしているところへ、千尋が心配そうな顔して現れたのだ。
「なんにしたって、警察がいなかったら、二人とも死んじゃってことなんでしょ? もうさ、警察さまさまってことだよね」
ところがそんな千尋の言葉を受けて、翔太は再び戯けた感じで返すのだ。
「いやいや、実際はそんなことでも、なかったらしいよ」
「どうして? だってドラム缶に詰めて、海に放り込まれそうだったんでしょ? 昨日はそう言ってたじゃないの?」
「うん、だってあいつらがそう言ってたし、ドラム缶だって実際、置いてあったしね」
ところが沈めるためのコンクリートが、まるで用意されていなかった。
「大きな石とか、何か重いものを一緒に詰め込もうとしてたんじゃない?」
「でも、そんなんじゃね、いつかきっと、海の上にぽっかり浮き上がってきちゃうらしいよ。とにかくさ、あいつらは俺たちを散々脅かして、あの事件を探るのを、何とかしてやめさせたかったんだろうな……」
「それで、藤木くんを誘拐して、天野さんにまで暴力を振るったってわけ?」
「うん、それにあそこにあったドラム缶にはね、工場で使う液体燃料が入っていて、とても素人が抜き出すなんて、できない状態のヤツらしい」
「へえ〜 そんなことまで、わざわざ刑事さんが教えてくれたんだ……」
「実はさ、この話を聞いたのは、刑事さんからじゃないんだよな……」
「え? じゃあ、いったい誰から聞いたの?」
「えっとね、警察庁……長官、だったかな……確か……」
「え!? 警察庁長官!」
そこで突然、達哉が二人の会話に割って入って、
「どうして、警察庁長官が出てくるの?」
そう言った後、いきなり顔を一気にしかめた。