186. あなたを助けにきましたよ

文字数 1,004文字

 その妖精は蜘蛛に槍を向けつつ、囚われの妖精に問うた。

「見返りを寄越せ。まず、あんたの全財産を教えてもらおうか?」

 救世主は資本主義者だった。

「先に助けてよ! お礼はいくらでもするから!」
「オレだって命懸けなんだ。怪我するかもしれない! それに見合うものを、あんたは本当に用意できるのか?」
「この守銭奴!」

 救世主は利己主義者だった。

「利益なく労を支払うわけないだろう。例えば資本、愛、繋がり、良心、そういうメリットを求めて、オレ達は行動するんだ。目の前で倒れた見知らぬ誰かを救うのは、その誰かの為でなく、見過ごす自分に罪悪感を抱くからだろ?」

「あなたは、わたしを見捨てて、罪悪感を抱かないの?」
「まったく? なにせ、あんたはオレじゃないし、オレはホモ・エコノミカを信奉している」

 救世主は平等主義者だった。

「あんただって、これからオレに殺される蜘蛛に、罪悪感を抱くのか?」

 救世主は蜘蛛を刺し殺した。
 背中から子どもたちが散っていく。

 糸に囚われた妖精を見下ろして、救世主は再び問うた。

「このまま餓死するか、あんたの全財産を解説するか、どちらがいい?」

 命を握られた妖精は、救世主の為すがままだ。
 労働者と資本家のように。

 資本家はまず裏をとった。次に契約書を作成し、サインを求めた。労働者は渋々名を連ねた。
 これでお前のすべてはオレのもの。
 笑いが止まらない。

 救世主は去り際に言った。
「生きることは、他者の命を啜ることだ。啜られたくなければ、強くなれ。でなければ死ぬだけさ……ま、それも一興だがね」

 囚われの妖精は変わった。

 他者が自分を救う、そんなお伽噺は捨てた。槍術を磨き、勉学に励んだ。油断なく周囲を見渡し、愛にさえ警戒を隠さなかった。

 どんな相手にも、無条件で手を差し伸べた。

 わたしは利己主義者で、平等主義者。
 蜘蛛の命より同胞の命を優先する、可能なら蜘蛛も助ける。殺した命を背負って生きる。

 だけど、資本主義者にはならない。
 資本と命は天秤にかけない。

 生きるために殺しても、資本の自己増殖のために命は啜らない。
 どうして直接的な殺害が、資本家の間接的な大量虐殺よりも、罪深いと認識されているのだろう?

 救世主と再会する。
 資本主義者のあなたが、なぜわたしの財産を吸い尽くさなかったの? あまつさえ槍術を、知恵を授けた理由は?

 救世主はまるでホモ・サピエンスのように答えた。

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