31. 積雲

文字数 651文字


 平たく潰れた雲の上から、神様が地上を見下ろしていた。

 村人は翌年の豊作を祈り、祭壇(さいだん)に作物を捧げた。
 神様が仕事の時間だと身を乗り出したところ、雲の端が千切れ、哀れ、神様は真っ逆さまに地上に落ちてしまう。

 目が覚めれば、村人が周囲を囲っていた。
 村は、神様を天からの使者と歓待すべきか、賊として牢に押し込むか、悩んでいた。ゆったりとした無縫の衣は、あらゆる穢れを浄化する白い光で織られていた。不気味で、尊かった。

 一人の子どもが、迂闊(うかつ)にも神様に近づき、果物を神様に手渡す。
 (かじ)った果物は、甘酸っぱかった。

 村は貧しかった。だからといって、もてなしを怠ることはなかった。見返りを要求することもなかった。
 神様は農夫に混じり、(すき)を振り上げる。
 皆で流した汗は、見下ろすだけ、一方的に救うだけの自己満足の日々よりも、生きている実感があった。

 翌年、旱魃(かんばつ)が村を襲った。

 一個人として平凡に生きることは、幸福だ。
 けれど、神様は、神様だった。
 存在理由を投げ出し、自分の為だけに生きることは、自分の幸福に繋がらなかった。
 神様は、すべてを救いたかった。

 神様は村に別れを告げる。
 雲の切れ端に掴まり、山間の上昇気流にのり、天に帰還する。
 神殿に返り咲けば、大きな団扇(うちわ)を握り、下から上へ、地上から天へ、何度も(あお)いだ

 湿潤大気が龍の如く空を翔け上がり、積雲となりて、雨雲となりて、恵みの雨が降った。
 その年は、豊作だった。

 情けは人の為ならず。
 来ている服一つ、口にした食パン一つ、誰かの献身によって支えられている。
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