174. カンブリア紀

文字数 599文字

 フィールド調査を終えた家族が馬を駆っていた。
 夫人の馬が岩に(つまづ)く。

 やれやれと馬を降りた夫は、馬の怪我の有無より、その躓いた岩に目を見張った。
 黒褐色の岩の中で、黒く強く実在を主張していたのは、二十六夜を被ったような頭部から二本の触角が前に伸び、音叉のようなトゲが後方に伸びる生き物だった。

 大統領の科学顧問を務めた夫でさえ、その生き物が何か、知らなかった。
 新種だ。

 翌年、夫はフィールドに戻ってきた。
 バージェス頁岩から無数の化石を掘り出し、約5億4100万年前の絶滅種たちを日の目に見せる。

 こうして、カンブリア紀は始まった。

 嘘である。
 馬は躓かなかった。

 バージェス頁岩から解き放たれた動物たちは、研究者たちの海を泳ぎ、その種の多様さ・多彩さ故に、カンブリア爆発として称えられた。

 進化とは、坂を一歩一歩登るのではなく、崖をひとっ跳びで登るようなものだという。
 崖上のわずかな土地を巡り、押し合いへし合いした結果、大多数が滑落し、生き残った幸運な種だけが未来に種を繋ぐ。

 悲運多数死と呼ばれる古い仮説だ。

 生死は運!
 馬が躓いたのも運!

 アノマロカリスもマーレラもあなたもドードーもちょっと運が悪かっただけで、努力が足りなかったわけではない。
 ちょっと運が良かった己惚れ屋に、無能と罵られる謂れはない。

 努力は、報われたから、尊いとでも言うの?

 いや、だから、馬が躓いたのは、嘘だって。
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