32. 積乱雲

文字数 523文字


 中佐は高度1万4300キロで飛行機を飛ばしていた。

 航路を阻むは、雲の王・積乱雲。
 対流圏を越えて、積乱雲を飛び越えんとする。

 エンジンが故障する。
 脱出レバーを引き、荒れ狂う積乱雲の中へ、薄手の飛行服で跳び込んだ。

 気温-50℃
 気圧265hPa(大気圧の1/4)

 露出した皮膚は凍った。気圧差で内臓が膨張すれば、穴という穴から血が垂れゆく。酸素ボンベを口にあて、パラシュートが開いた時には、九死に一生を得たと喜んだ。

 強烈な突風に石ころの如く飛ばされる。銀河の彼方まで押し上げる上昇気流、地球の内核まで引き摺り下ろす下降気流に喰われ、上へ下へ、上へ下へ、もはや上下左右の感覚はない。無数の(ひょう)と共に、運命に翻弄される塵芥(ちりあくた)と化す。次第に固く、大きくなる雹が、中佐をめった打ちにした。四つ裂きの刑を反転して、全方位無限(つぶて)投げの刑か。

 稲光、雷鳴。
 青白い規格外の光の刃が、中佐を斬らんと振り上げられる。

 生も死も、既に、わからない。

 乱気流は徐々に収まり、約40分後、中佐は松林に着地した。
 足はまだ動いた。
 道路をさがし、ゆっくりと歩き出す。

 中佐は奇跡を知る。
 私達は、大自然の一部を垣間見る。

 人類が征服できぬものは、自然界にごまんとある。
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