238. 赤い雪:1816年

文字数 882文字

「この文明国で、未だに、飢饉が訪れるなんて」

 誰かが書いた。
 数十年後、あるいは数年後の、この国の誰かかもしれない。

「太陽は煙のなかを昇るようだった。わずかな光や熱しか放たず、地上を通った痕跡すら残らない」

 イングランドの教区牧師が書いた。
 その年、夏は来なかった。日差しは見えなかった。

「主が民を率いれば、闇の権力はすべて消え去り、あとに残るのは破壊と恥と屈辱だけです」

 神秘主義者が語った。
 民衆は、不安定な時代に、絶対的な他者に依存したがる。独裁者、トランプ、陰謀論。多様性で戦うべき時代に、多様性を自ずと捨てる。

「パンか血か」

 掲げた旗が陳情した。
 民兵が出動し、従わなければ殺すと、反乱者と同じ理論で反乱者を脅した。

「感染症にかかる主な原因は栄養不足である」

 医療管理者の主張だ。
 あちこちで発疹チフス、ペストが再流行した。

「この石に刻まれた文字を消すことができると、どうかおっしゃってください!」

 クリスマス・キャロルの一節だ。
 ディケンズは1812年に生まれ、小氷期最寒冷期に子供時代を過ごしたという。

「産み出した怪物から逃げるな。自らの行動を背負え、背負えないなら行動するな。その無責任こそ怪物を怪物たらしめたんだ」

 メアリー・シェリーは凍えていた。
 隠れ家に集まった人たちと引き籠り、炉端で語り合う。

「――」

 爆発音が先か、旋風が先か。
 溶岩流が先か。
 否、火砕流が一瞬で周囲を呑み込んだのだろう。

 スンバワ島の15000人が噴火で死亡した。
 溶岩が耕作地を呑み込み、火山灰が家屋を押し潰し、ロンボク島の44000人が飢饉で死亡した。

 成層圏まで及んだ火山性の塵は、約二年、全球的に太陽を陰らせる。
 凍りつく時代に、火山の冬が重なった。

 塵を核に、水蒸気が集まる。
 凍る。

 茶、黄、青みがかった雪となる。
 赤い雪が……。

 しんしんと降る。

 たとえどんなに幻想的だとしても、そのもとで踊りたいとは思わない。

 祈りましょう。

 タンボラ火山が噴火しませんように。
 芙蓉峰(ふようほう)が噴火しませんように。
 核戦争が勃発し、放射性物質を核に赤い雪が降りませんように。
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