250. いつも不幸せな獣

文字数 812文字


 教訓:一番の才能は、愛せること

 獣はとぼとぼと森の中を歩いていた。眼は虚ろに、表情は硬く、項垂(うなだ)れていた。(いぼ)(あざ)だらけの皮はいつも(かゆ)そうで、脱皮が急がれるも、他に新鮮な皮を知らなかった。マントを貸す友はいなかった。

 小鳥が茂みに飛び込む程度、ちいさな物音にさえ過剰にびくつき、急ぎ周りを見渡す。自分を傷つける敵を捜す。独りと安心して初めて、肩を落とし、また大儀そうに歩き出す。

 獣は不幸だった。
 少なくとも、本人はそう信じて疑わなかった。
 その目は、雨の日も晴れの日も、いつも涙に濡れていた。

 泣かない夜はない。

 すっきりと高い冬の空……いずれ嵐が来る、放射冷却で足先が凍る。
 クラスの友達に遊びに誘われた……寄ってたかって富を見せつけ、経済格差を見せつける気か。
 政府が補助金を倍増した……社会保険料の上乗せで消えるうえ、自分は役立たずと負い目が強まる。

 失敗して精神的につらいのに、その上自己責任と認めろと?
 心が、砕ける。
 これ以上は泣けないよ。

 獣は狩人に追い詰められ、絶望した。
 涙が、裏返る。
 その体は(たちま)ち溶解し、溶ける涙体(るいたい)・スウォンクの遺体は根の窪みに溜まる。

 これでもう、泣かなくて済む。
 生きてたって……。

 あらゆる物事に悲劇が見え隠れするなら、あとはもう、愛するしかない。
 いずれ悲劇がその身を砕くとも、それでも愛したいと、そう思える何かを見つけるしかない。
 損失回避バイアスより強く、狂おしく求める熱情を抱くしか、やっていく術はないじゃないか。

 愛してみては?

 絶対的に愛せる何かに偶然出逢う確率より、自分はこれを愛すると、決めたほうが確実だ。
 ウソがホントになるその日まで。

 愛せる職業。
 愛せる友。
 愛せる趣味、生活、世界……。

 それとも不運を嘆くばかりで、スウォンクの如く溶けて死ぬか。
 幸福の対価に怯え続けるか。

 愛に落ちる才なくば、動的に愛せ。

 いつか。
 いつか、私も、物語を愛せるだろうか?
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