113. 森林の学校

文字数 616文字


 トウヒは降雨量の豊富な地域で育った。
 贅沢(ぜいたく)に水を使い、節約という言葉を知らなかった。

 ある乾燥した夏、針葉は例年通り水をよこせと根に要求する。
 乾いた幹にストレスがかかり、仕舞には、樹皮は裂けてしまった。

 裂け目から菌が入り込み、形成層を食い散らかす。
 急いで塞ぐが、傷口は些細なきっかけで開き、樹脂が溢れて黒々とする。

 自然の大先生曰く、
「土地が湿潤でも、質素な水生活に馴れなさい。でなければ、死ぬだけです」

 人間は降水量の豊富な地域で育った。
 贅沢に水を使い、節約という言葉を知らなかった。

 ある乾燥した夏、人間は例年通り川から水を引いてきた。
 川はあっという間に干上がり、水を巡って人間同士で争いが生じた。

 集落は話し合った。
「よし。他から貰おう」

 上流に馬を走らせ、他の支流に流れる水を()き止める。
 自分たちの川は潤った。

「俺達に大先生は不要さ。欲望は解放しなくちゃ! 今まで通りに過ごせないなら、自分でなく、世界を変えるだけさ!」

 飢饉(ききん)にあえぐ、別の集落が攻めてきた。
 返り討ちにした。

「蛮族め。理由なく戦争するなんて、平和を愛する俺らには信じられないね」

 生き残りが川に毒を流した。
 集落は全滅した。

 自然の大先生曰く、
「資産が潤沢でも、質素な人生に馴れなさい。でなければ、死ぬだけです。何年、何十年、何百年かかったとしても、死は追いつきます」

 人間曰く、
「逃げ切れるさ。俺が楽しめればそれでいい。死は若造に任せるね」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み