146. 捨てる② 拒否

文字数 878文字

 フィアンセ第一候補とのデートまで、残り橋一つ。
 青年は卸し立てのスーツに身を包み、きざったく薔薇の花束を手にしていた。

 指のサイズを測っておいて、正解だった。

 橋の全長は、約800メートル。
 100メートルごとに、彼の上司や得意先、友人等が立っていた。

 相手を不快にし、罪悪感が噴出し、チャンスを手放すリスクを負ったとしても、少し先の未来を考えれば、優先順位は決まっていた。
 捨てなければ、捨てられるのは、自分の幸福だ。

 青年は勇気と覚悟を胸に、橋の対岸に向けて歩き出した。

「ちょうど君に任せたい仕事があったんだ! 食事しながら話そうよ」
「……」

「三年ぶりだね。お茶でもどうだい?」
「いいね! 最近出来た台湾烏龍茶の店に行こう。でも、今日はもう閉まっているから、また今度な」

「今週までのプロジェクトなのに、進捗が半分いってない! 手伝ってくれ!」
「うーん。別プロジェクトで手が離せなかった気がするな。まず予定を確認させてくれ」

「新着メールです! 『大事な相談があるんだ。僕の人生に関わることなんだ!』」
「自動返信だ。『私はいま人生の賭けに出ている。成功したら、笑顔で会おう!』」

「上司の命令だ、この依頼を優先してくれ」
「承知しました。品質を考慮すると、他の仕事が間に合いません。そちらは誰に振りましょうか?」

「今すぐパプア・ニューギニアに旅立って、クロコダイルマンと握手しよう!」
「蚊よけスプレーの臭いに酔うから、無理!」

「テロリストに追われているんだ! 早く車を出してくれ!」
「キーをどうぞ。駐車場は右に曲がって左です」

「未亡人が婚活パーティで色香を振りまくそうだ。一人じゃ不安だから、付き合ってほしい」
「恋人募集中の同僚がいますよ。連絡しておきますね」

 青年は橋を突破した。
 あとは夜景が美しいレストランで、数か月練ったプロポーズの計画を実行するだけだ。

 幸福な未来に比べたら、たった八回の拒否なんて、お釣りがくる。
 ばくつく胸を、拳でどんと叩いた。

 彼がフィアンセ第一候補に拒否されたかどうかは、残念ながら、ストーリーとは無関係だ。
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