138. ヒナギク

文字数 477文字

 雲雀(ひばり)は心優しく美しい王子だった。
 薔薇姫も芍薬(しゃくやく)姫も、雲雀の隣を虎視眈々と狙い、幾層も絹を重ねて膨らんだ豪奢なドレスを身に(まと)っていた。

 雛菊(ひなぎく)はしがない小間使いだった。薔薇姫や芍薬姫のような際立つ存在感はなく、本棚に収まる表題のない背表紙のように、ひっそりとしていた。
 けれど、開かれれば、その微かな笑みに銀の光が反射した。

 雲雀は隣に居て、落ち着くものを特に気に入った。
 雛菊は気取った感じがなかった。
 雛菊は雲雀を尊敬していた。

 薔薇姫と芍薬姫が、影からキーっとハンカチを噛んだのは、言うまでもない。

 雲雀は(さら)われた。
 雛菊にはどうしようもなかった。薔薇姫は殺された。

 雛菊も囚われの身となり、雲雀処刑の前日、たった半日、両者は再会した。

 どんな類の愛も、雲雀の命を守れなかった。
 雛菊は道端に捨てられた。

 例えばこの世界が、より愛に、より共感に満ちていれば、二人は幸せに死ねたのだろうか?
 雲雀処刑の理由が、同胞(はらから)を殺した敵国の王子だったから、だしても?

 雲雀は処刑人の愛故に死んだ。
 雛菊の愛は、慰め以上になり得なかった。

 愛は世界を救うのだろうか?
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