206. 古生代の火事

文字数 774文字

 犬はタイムマシンに乗せられ、四億年前のデボン紀に飛ばされた。
 横暴だ。

 渋々シダを食みながら、水辺を歩く。
 きりたんぽのように天を衝く巨大な藻類・プロトタキシーテスを見上げた。

 稲妻がきりたんぽを貫く。
 香ばしく焼き上がり、水辺のシダ、藻に飛び火し、犬ははじまりの火事を間近で目撃した。

 逃げなくちゃ!
 けれど燃焼物は少なく、瞬く間に火は消えた。

 デボン紀中期、酸素濃度が17パーセントを下回り、火事は一時絶えた。

 焦げ目も味のバリエーションが増えて愉快だったのに。
 犬は嘆いた。

 デボン期末、海成堆積物に木炭が増えていた通り、再び火事が始まる。
 犬は大いなる野望を胸に秘め、燃える惑星を生き抜くべく、全速力で水辺に急ぐ。

 復讐してやる。
 ホミニン出現と同時に、全員噛み殺してやる。

 石炭紀は火事の宝庫だ。
 地層に確認された木炭堆積面を境に、ある植物は絶え、別の植物が隆盛する。

 冬に燃えないように、落葉や落枝を獲得したのかもしれない。
 樹皮が厚くなったのは、火事に負けない為だろう。

 犬は逞しさを増した。
 煙の中で呼吸する術を身に着け、炎と一体化する術を学ぶ。

 あんなに愛していたのに。
 憎しみが体を変質させ、遙かな時の試練をも耐え抜いた。

 石炭層の厚さから、元の泥炭の厚さを推定する。
 石炭層内の木炭堆積面を数える。

 割る。

 現代と比較して、ペルム紀の火事の頻度は高かった。

 大量の火事が氷冠を黒く染め、太陽光を吸収したのかもしれない。
 大量の火事が植物の炭素固定にうち勝ち、二酸化炭素を延々と放出したのかもしれない。

 海洋のメタン放出と、シベリアの大規模な火山噴火を経て、気温が急上昇する。
 環境は壊れ、ペルム紀末は大量絶滅で幕を閉じた。

「第六の絶滅よりましさ」

 犬は生き残った。
 当然だ。

 夢に向かって生きることは、実に素晴らしいことだ!
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