これもいつかの……。

文字数 468文字

そのくらい……由良さんが。
うん……。
 岬さんは口ごもる。何が言いたいか分かったようにも見えるし、続く言葉を待っているようにも見える。
(あっちのフォローしてどうすんだ!)
 いや、あれはもしかすると向坂じゃなくて、僕の気持ちを伝えようとしていたのかもしれない。

 どっちにせよ、岬さんからは、はっきりした答えはもらえなかった。

そういうの、よく分からなくって……どうしよう?
……。

 はっと息を呑んだのは、その声の響きが、図書館で聞いたのと同じだったからだ。あの時に頭の中で聞いた言葉が、声となって蘇る。

……。
 ヨウコを見下ろしてみたが、こっちは何も言わない。返事は僕次第ということなのだろう。
断っちゃえよ。
……。
 岬さんは目を瞬かせた。夕日が、山の端にかかっている。やがて、それが沈む最後の一瞬だけ放たれる光の中に、清々しい笑顔が見えた。
はっきり言うね。
 どんな顔して言っているのか、もう薄暗くて分からない。ただ、その言葉の響きは、弾んでいるようにも聞き取れた。
だって、僕……。

 勢いに乗り、思い切って口を開いた。それなのに、先が言えなかった。

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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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