学資が消えてなくなるとき

文字数 473文字

ごめん……お兄ちゃん。
ヨウコ……。
 夕闇の中で聞こえたヨウコの声で、呼吸が落ち着いた。岬さんを終えなかった理由が「妹」だと気付いたとき、すすり泣きが聞こえた。
バイト先で、やっちゃったんだ。
 僕は黙って、だいたいの見当をつけた辺りにあった頭を撫でた。
気にすんな、済んじゃったことだ。
でも……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
 わあっと泣き出したのを、俺はしゃがみ込んでなだめた。しゃくりあげるのを抑えようと、背中に手を回したところで、何かふさふさした温かいものに触った。
……え?
きゃっ!
 尻尾だったらしい。またかと思ったが、興奮していたヨウコは、それでかえって正気に戻った。泣きやんだのにほっとして、撫でるつもりだった背中を叩いた。
帰るぞ。
どっちに?
 からかうような口調も元通りだ。僕は薄闇の中を歩きだした。
手ぶらじゃバスに乗れないだろ。
乗ろうとしたくせに。
 そう混ぜっ返すヨウコは嬉しそうだ。
やったねラブラブう……ちょっと遅かったけど。
うるさい。
 岬さんにはまだ、肝心なことを言っていない。話をそらすために、僕は別の意味で肝心なことを聞いた。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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