土壇場の逆転

文字数 411文字

ふ~ん……。
 冷ややかな返事が聞こえたが、それっきり、僕はふて寝を邪魔されることはなかった。

 だが、数時間後、僕は岬さんからのメールで叩き起こされることになる。

〈なんか、彼テンパってて〉
テン……ぱ?

 いつも丁寧な文法通りの、模範的な日本語で話す岬さんは、そんな言葉遣いをしない人である。世俗の言葉がもともと基本語彙の中にないのだろうと思っていたが、案外、そうでもないようだった。

 僕の前では、言葉を選び選び話していたのだろう。向坂の前ではどうだか知らないが、とにかくそれだけに、慌てようが余計に感じられた。

まさかお前。
大丈夫、アタシと狐ネットワークが。
 僕が真っ先に考えたことを裏付けるかのように、ヨウコは文面を見もしないで意味深な発言をした。ところが、続くメールはすぐに届いて、100年生きた妖狐をうろたえさせた。
<結局、会いに来なかったの>
 しばしの沈黙の後、ヨウコは呻くようにつぶやいた。
そんなはずは……ま、いっか。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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