親の前でも長居は無用
文字数 470文字
岬さんとはそうなりたいはずなのに、その言葉を口にした瞬間、僕の眼前に浮かんだのは別の顔だった。
妖狐の、ヨウコ。
なぜだか分からないけど、胸がずくんと疼いた。
考えている間に、先を急ぐのが得策だった。 岬さんはもう、オヤジオフクロの前で惚れ惚れするような美しいお辞儀をしている。
僕は岬さんが両親に挨拶するのもそこそこに、この場を離れた。時間は限られている。いかに実家とはいえ、長居は無用だ。
信夫ヶ森に着くまでは、かなりの間、歩かなくてはならなかった。もう日差しは初夏の光に変わり、見渡す限りの田畑と畦道と、両手を広げれば触れそうな山々が眩しい緑色を照り返していた。
田植えの準備も始まり、まだ水の入っていない田んぼをトラクターが行ったり来たりしている。ツナギその他の作業着姿で耕運機を押す人たちが、道端のあちこちの畑で、石垣にびっしり植わった芝桜の香りの中、土を柔らかく砕いている。