彼女が見せる不思議

文字数 500文字

ごめん、聞いてほしかっただけだから。
 整理中の本棚が、あちこちでカタカタ鳴っている。閉館する館内から追われるかのよう、岬さんはふうわりと席を立った。
いや、僕は別に……っと、た……っ。

 足音も立てずに出ていこうとする彼女を呼び止めたが、聞こえていないのか、無視されたのか、閉まった自動ドアに行く手を阻まれた。

 最後に見えたのは、彼女が手に持った『古文書解読』の表紙タイトルだけだった。容姿端麗、頭脳明晰な岬が持っていても不自然な本ではない。

(あのときも……)

 不自然だったのは、去年、僕がそれを拾って差し出したときのリアクションだった。

 見られてはいけないものを見せてしまったときのような……。
 それはともかく、分厚い本を慌てて胸に抱えて背中を見せながら、ちらりと振り向いたのときの眼差しは、とても10代とは思えないほど色っぽかった。

みさ……き……じゃなくて、由良……さん?

 絶対にそんな女の子じゃないのに僕をドキっとさせた、その姿はもう、記憶の中にしかない。
 というか岬さんの姿は、自動ドアが閉まった瞬間、幻のように消えていたのだった。

 ただ、その向こうで廊下の奥から聞こえるドスンという音を除いて。

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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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