彼女の探し物

文字数 478文字

 それでも手元の分厚い本は、ぱたん、と音を立てて綴じられた。表紙には、『古文書解読』と記されている。初めて言葉を交わしたとき、持っていた本だ。
だいぶ、分かってきた?

かなり……絞れてきたかな。

 そのしなやかな指が押さえているノートのページには、岬さんが平日休日問わずに図書館通いをしている理由がある。

 丸に稲穂の家紋は、一般に「稲荷紋」とか呼ばれているらしい。ただ、稲穂が竜胆の葉を抱えているものは珍しいという。

 これが、岬の家に伝わる家紋である。

 先祖はどこの何者で、何をしていたのか。彼女は、自らのルーツを探し続けているのだ。それを知った去年の秋から、僕は毎日、岬さんが休日に集めてきた情報の整理につきあってきたのだった。

 

 悪い、力になれなくて。
 そう言いながらも、それなりの手助けはできたと思っている。口幅ったいようだが、それなりの知恵と学力は磨いてきたつもりでいる。
 引っ越してきてからの1年で、模試ではそれなりの国立大学を狙えるくらいの判定を出せるようにはなっているのだ。それでなくては、わざわざ下宿してまで地方都市の高校に通っている意味がない。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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