契約終了のとき

文字数 426文字

 適当なことを言って恐る恐る振り向くと、セーラー服姿のヨウコがちょこんと正座していた。どうやらこの服装が、人間に変身した後のスタンダードらしい。
(なあんだ……)
 安心したけど、ちょっと残念な気もした。

 でも、この畏まった態度は、どこかで見た気がする。そう、契約を交わしたあの朝だ。

 あの朝と同じように、ヨウコは三つ指ついてあの仁義を切った。

信夫ヶ森の百年狐、一宿一飯の恩義を果たさせていただきました。
 最後だけが違う。

 そう、「す」じゃなくて「した」……つまり、近い未来の意思表示じゃなくて、過去形。

た……って何? た……って?
  しどろもどろに尋ねると、ヨウコは満面の笑顔を浮かべた。
任務完了! お兄ちゃんも、よく我慢しました。
我慢って? 僕、何を我慢?
 確かに、考えてみれば、散々振り回されてきた。むやみやたらと機械は逆転させるし、岬さんとの二人きりの時間は邪魔するし、バイト先までついてきて、2つともクビにさせて、ろくなことがなかった気がする。 
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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